小幡さんと池尾さんのバーナンキ講演の解釈は、「金融政策から財政政策へ」という私の記事とおおむね同じですね。というか、世界のほとんどの専門家がそういうメッセージを受け取ったと思います(たとえばEconomist誌も同様のコメントをしている)。
ところが先日の民主党代表選挙では、馬淵氏は「世界中で日銀だけがマネタリーベースを下げ続けている」と称して量的緩和を求め、鹿野氏は国債の日銀引き受けを主張していました。海江田氏もインフレ目標論者であり、最終段階で立候補を断念した小沢鋭仁氏も日銀法の改正を主張していました。幸い野田氏も前原氏もそういう政策は掲げていないので、実害はないと思いますが、このように学界と政界で大きく意見が違うのは困ったものです。
岩本康志氏は「論壇はともかく,もともと学界にはリフレ派はいないと思います」というけれど、そういう学問的にナンセンスな主張が「論壇」にこれだけはびこっているのは、経済学者にも責任があります。学会誌にリフレ派の論文が載ることはないが、週刊誌やウェブにはいまだに多い。たとえば勝間和代氏は野田首相に対して、こういう「政策提言」をしています:
変動相場制のいま、為替レートは各国の金融政策のスタンスでほぼ決定します。マーケットの言葉で言えば、要は需給関係が最も大きな決定要因です。ご存知の通り、欧米各国はリーマンショック以降通貨発行量をそれ以前の2倍~3倍程度に増やしました。これに対して我が国の中央銀行である日本銀行は、ほとんど通貨量を増やしておりません。
これは馬淵氏と同じ嘘であり、「為替レートが各国の金融政策のスタンスでほぼ決定」するなどという事実がないことも、統計データを見れば一目瞭然です。ところが、こういう学部の試験でも不可になるような答案が、メディアに堂々と流通しているのです。
経済学は物理学をまねようとしてきましたが、その役割はむしろ医学に近く、実際に役に立たない理論はいくら美しくても意味がない。ところが最近の動学マクロ理論は、基礎医学というより分子生物学に近く、臨床的な問題との距離が遠すぎる上に数学的な飾りが多くて、「論壇」レベルの人々には理解できない。
このギャップを埋めないと、日本だけではびこっている奇妙な「デフレ論争」は終わらないでしょう。ただでさえ混乱している日本の政治を、こういう無意味な論争がさらに混乱させていることを考えると、少なくとも政治家やジャーナリストにはマクロ経済学を正しく理解する義務があり、経済学者にもそれをわかりやすく伝える義務があると思います。