さようなら大江健三郎

池田 信夫

きのう大江健三郎氏などが記者会見し、「停止している原発を再稼働するな」と訴えた。

経済生活の立て直しは、たしかに緊急の課題ですが、そのために原発の再稼働が必要であるという見解が示されていることに、わたしたちは非常に危惧を覚えます。はたして、経済活動は生命の危機より優先されるべきものなのでしょうか。

「経済活動より生命を優先」するなら、大江氏はなぜ自動車の禁止を主張しないのだろうか。福島事故で放射能で死んだ人は1人もいないが、自動車は確実に毎年5000人を殺す。ノーベル賞の権威と「経済的合理性や生産性ばかりにとらわれない理念」をもって、自動車の全面禁止に立ち上がってほしいものだ。


またタバコによって毎年11万人以上が死んでいる。小宮山厚労相は「タバコの価格を700円にする」という目標を発表したが、財務省は抵抗している。実害のほとんど出ていない原発に騒ぐより、厚労相を応援してはどうだろうか。

大江氏には理解できないだろうが、世の中は経済と生命のトレードオフで動いているのだ。リスクをゼロにするには、自動車も飛行機も酒もタバコも禁止し、石炭火力も石油火力も止めなければならない。原発をこのまま止め続けたら、毎年数兆円の損害が出て企業は海外逃避する。それによって日本は貧しくなり、若者の負担は大きくなる。

もちろん、そんなことは大江氏の知ったことではない。彼が呼びかけ人になっている「さようなら原発1000万人アクション」というサイトの平均年齢は異常に高い。先の短い彼らにとっては、もう経済活動なんてどうでもいいのだろう。彼らは合理的に行動しているのだ。

「賛同人」として宇都宮健児弁護士が名を連ねているのも、とんだブラックユーモアだ。過払い金訴訟で消費者金融を壊滅させた弁護士業界の次の標的は、原発の賠償だ。8兆円の賠償金を取れば、手数料は10%としても8000億円。原発への恐怖が高まれば高まるほど、日弁連はもうかるしくみだ。

戦後の日本をだめにしてきたのは、このように原発を止めたら代わりのエネルギーをどうするのかという対案もなしに、情緒的な正義感に訴える万年野党である。それが間違えて権力を取ったらどういう恐るべきことになるかを、菅直人氏は十分みせてくれた。

それでもこりないで「広島と長崎の記憶が深く刻み込まれたはずのこの国で、再び核がその猛威をふるうことになった」などと原爆と原発の区別もつかない大江氏には、さすがに誰もついてこない。菅氏の退陣を最後に、こういう左翼幻想にもさようならを言おう。

25歳のとき左翼にならない人には心がない。35歳になってもまだ左翼のままの人には頭がない。――ウィンストン・チャーチル