テロとの戦争とは何だったのか

藤沢 数希

オサマ・ビンラディンが首謀したといわれる、2001年9月11日の同時多発テロから10年の歳月が過ぎた。この10年はアメリカがテロとの戦争を続けた時でもある。このテロとの戦争は何だったのか、簡単に振り返ってみたい。そこには現在の日本にとって大切な教訓があるからである。


米ニューヨーク・タイムズの記事によると、この世界同時多発テロにより破壊されたワールド・トレードセンターや建物内の備品、その他、地下鉄や電話線や送電線の損失は合計で260億ドル(2兆円)である。このテロでテロリスト19人を含む2,993人が犠牲になった。そしてこの破壊された2兆円のインフラストラクチャーと約3000人の犠牲者に対する復讐として、アメリカはテロとの戦争を開始したのである。

市民レベルでも飛行機に対する恐怖が広がり、多くのアメリカ人が飛行機を避け、国内を車で移動した。ダン・ガードナーの「リスクにあなたは騙される―「恐怖」を操る論理」によると、テロ事件の後に、飛行機を避けて自動車でアメリカ国内を移動した人たちは、最初の1年間だけで1595人も交通事故で「余分に」死亡した。なぜなら飛行機よりも自動車の方がはるかに危険だからだ。実際のところ1カ月に1回程度飛行機を利用する人にとって、飛行機がハイジャックされてビルに突っ込むというテロが毎週起こったとしても、1年で死亡する確率は13万5000分の1程度であり、これは1年で車の衝突で死ぬ確率の6000分の1に比べれば微々たるものだ。リスク分析の専門家は、多くのアメリカ人が飛行機を避け車で移動をはじめたことから、数千人が余分に死ぬということが最初からわかっていた。簡単な数学の問題だからだ。

さて、テロとの戦争である。米兵だけで6000人以上が死亡した。テロの犠牲者の2倍である。米ブラウン大学ワトソン研究所の推計では、戦場にされたイラクで12万5000人、アフガニスタンで1万1700人、パキスタンで3万5600人の民間人が死亡した。その他の犠牲者を合計すると、控えめに見積もっても22万5千人ほどが死亡した。経済的にはアメリカの負担は3.2兆ドル~4兆ドル(250兆円~300兆円)程度だといわれている。日本の総税収の6年~8年分である。つまりテロの直接の被害の150倍の金を費やし、テロの直接の犠牲者の75倍の命を犠牲にしたのである。これだけの負担をして、世界の安全性はより高まったのだろうか?

10年前の9月、アメリカ国民は正気を失っていた。ニューヨーク・タイムズなどの大手メディアも一斉にテロとの戦争を煽っていた。そして核兵器を隠しているとされたイラクなどに戦争をしかけていく。そのような雰囲気の中、こういった戦争は馬鹿げている、などという者は国じゅうからバッシングを受けた。当時、3人組女性バンドのディクシー・チックスのナタリイ・メインズがイラク戦争をはじめたブッシュ大統領を批判した事から、アメリカのメディアから袋叩きにされていたのを思い出す。その後、イラクから核兵器をはじめとする大量破壊兵器は発見されず、アメリカもそのことを正式に認めた。

筆者が、このことを全くもって他人事とは思えないのは、日本も同じような状況にあると思われるからである。アメリカが9.11後、テロとの戦争に突き進んでいったように、日本も3.11後、原発との戦争に突き進んでいるように感じられる。原発を擬人化し、それを滅ぼす(=無くす)ことが正義になったのである。それは単に人間にとって有用な発電技術のひとつであるだけなのだが。感情の問題は大変厄介なようだ。

参考資料
One 9/11 Tally: $3.3 Trillion, The New York Times, September 11, 2011
Estimated cost of post-9/11 wars: 225,000 lives, up to $4 trillion, Watson Institute for International Studies, Brown University, June 29, 2011
原発との戦争、アゴラ