スティーブ・ジョブズというのは極めて偉大な人物である。新たな技術を生み出したわけではないが、既存の技術を組み合わせる事によってイノベーションを実現した点で偉大なのは多くの識者が既に述べている事であろう。
彼の功績は、P・F・ドラッカーが言うマネジメントの定義である「高度に専門的な知識を他との協働で有効なものとするための方法」そのものである。知識を最適に配置する事で新たな付加価値を生む事はイノベーションの必要条件で、決して発明が必要なわけではない事か我々に大きな希望を与えてくれる。
ジョブズのような人物を失った事は人類にとって甚大な損害である。ドラッカーも指摘するように、こうしたイノベーションの成功確率は極めて低いからだ。ユニクロの柳井正も著書で名付けるように、『一勝九敗』である。
皆が皆、10%の確率で革新的な業績を挙げられれば良いのだが、残念ながら現実は異なる。こうした存在は珍しいからこそ革新なのである。マーク・ブキャナンは『歴史は「べき乗則」で動く』の中で、学術論文の被引用件数が一部の論文に集中している「べき乗則」が成立している事を示している。
この事実が示唆するのは、アルバート・アインシュタインの論文が世界的に影響を与えている事だけではない。彼が偉大な存在になり得たのは「偶然」である事も意味する。
別にジョブズやアインシュタインの業績が「偶然の産物」であると言って蔑んでいるわけではない。ブキャナンの指摘の裏を返せば、こうした偉大な業績は、世界中にいる多くの挑戦者の中にごく僅かだけ現れるという事を強調したいのだ。
無論、一般に偉大とされる業績だけが有意義なわけではない。ブキャナンも指摘する通り、「たった1人に影響を与えるだけでも十分に意味がある」のである。
たった1人への影響だけでも意味があるのだから、ジョブズが世界に与えた影響は莫大なものである。そして、これほどの存在は極めて稀なものである。
ビジネスの世界でなら、何万人・何十万人という挑戦者の中から「偶然」生まれるのがイノベーションであり、起業家が少なければ、革新的な技術やビジネスモデルの登場はより遅くなるだろう。
幸いな事に、偉大なジョブズが世界的に影響を与えているのは間違いないだろう。願わくは、ジョブズの後に多くの人々が続き、少しずつ社会に好影響与え、その中からジョブズのように歴史に残るイノベーションが起これば経済も回復するだろう。そして、私もその1人でありたい。
(大阪市立大学大学院経済学研究科・前期博士課程)