経済と命にトレードオフなんか全くない

藤沢 数希

トレードオフというのは、何かを達成するために別の何かを犠牲にしなければならない関係のことである。「あちら立てれば、こちらが立たぬ」というやつだ。アルバイトをすれば余暇がなくなり、暇を作れば収入が減ってしまう。この場合、収入と余暇はトレードオフの関係にある。お腹が空いた時に、高級寿司屋にいくか、一杯250円の牛丼にするか。ここでは、食後の満足感と、支払い額の間にトレードオフの関係がある。

一人当たりのGDPと平均寿命の関係

出所: 「日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門」藤沢数希(ダイヤモンド社)、World Bank


原発は経済のために命を犠牲にする、競争社会は命を削って経済を優先している、などという経済と命がトレードオフの関係にあるかのような意見を最近よく耳にする。しかしこれらは完全にまちがいである。前者に関しては、統計的には原発は他の発電方法と比べて死傷者数が極めて少ない、という技術的な過誤があるのだが、そもそも一般的に経済的な豊かさと命はトレードオフの関係にない。むしろ強い正の相関があるのだ。要するに金がたくさんある国や個人の方が健康で長生きするのだ。

上の図を見てもらえばわかるように、一人当たりのGDPと平均寿命とは極めてはっきりした正の相関がある。その他、乳幼児死亡率などさまざまな項目が一人当たりのGDPの増加とともに改善することが示されている。要するに、経済が強く多くの命を守れる国と、経済が弱く国民の命を守れない国のふたつしかないのだ。

また、様々な医学的研究で、同じ国の中でも、金持ちの方が貧乏人よりも健康で長生きすることが確かめられている。個人レベルでも経済力が強いほど、自分や自分の家族の命を守れる。

国も個人も、もっと豊かになること、経済成長させること、そしてもっと金を稼ぐことに肯定的になるべきだ。そのために国は政策を考えなければいけない。エネルギーを消費しなくても豊かな生活を送る、経済成長せずとも豊かな社会を目指す、などということは偽りに過ぎない。