待たれる秋期入学制度の導入

松本 徹三

東大が秋期入学制度の導入を検討しているという。東大を見直した。これから色々と駄目出しをする人が出てくるとは思うが、是非とも早期に実現して欲しい。東大は、何と言っても、現時点では日本で最も権威のある(学生の平均的な能力の高さでも定評のある)大学だから、東大が踏みきれば他の大学も迷いなく追随しやすい。


言うまでもなく、これは「もっと留学生を迎え入れたい」という願望から出たものだ。併せて、日本から外国に留学する人達や、帰国子女にも便利になる。とにかく世界中の多く国が、現実に「毎年9月から新学年を始める」制度になっているのだから、多勢に無勢で、意地を張っていても良いことは何もない。「入学式は桜の花の咲く頃と昔から決まっている」と言って反対しかねない「情緒派」の方々には、ここは我慢して頂くしかない。

勿論、現行の制度から新制度に移行するのはそんなに簡単な事ではない。「小学校から大学まで、全国一斉に一気にやる」というのも一つの考え方だが、現時点では未だそこまで考えている人はいない。「大学に部分的に導入する」というのが、現時点での一般的な考えだ。つまり、一つの大学の中に、4月入学組と9月入学組が少なくとも相当期間並存する事になるわけだ。

驚いた事に、これに難色を示している人達が指摘する最大の問題は、「就職とのタイミングのずれをどうするか」という事のようだ。「多くの企業は4月に新卒を大量採用するから、9月入学(7月卒業)組は翌年まで待たねばならず、不利になる」というのだ。しかし、もし本当にこれが最大の問題なのなら、こんな簡単なことはない。企業が採用方針を若干修正すればそれだけで済む事だからだ。そもそも、留学経験者や帰国子女など、海外で活躍出来る人材を一番欲しているのは産業界なのだから、産業界の採用方針が本件実現の障害になるとしたら、こんな馬鹿げた事はない。

そもそも、状況によって求人の必要量が変わる筈の多くの企業が、毎年4月に一斉に新卒を採用しているという現状自体が異常と言わざるを得ないが、「そうしなければ新卒の有能な人材が全て他社に取られてしまう」という心配があるのは事実だから、それは止むを得ないことなのだろう。(「日本企業の頭が軒並みに硬直的だからそうなっている」とは思いたくない。)

しかし、そうであるなら、「秋にも別のグループの新卒が取れる」というのは、多くの企業にとって朗報である筈だ。そして、多くの企業がその様に受け止めてくれる限りは、「9月入学コースを選んだが為に就職にあぶれる」というような事態は、間違っても生じないだろう。

春の入試に失敗した人達にとっても、これは大きな朗報である筈だ。これまでなら一年の浪人を覚悟しなければならなかったわけだが、これからは半年後の秋にもう一度チャレンジ出来る。その後も1年毎ではなく半年毎に機会が得られる訳だから、ずいぶん気が楽になる。試験に際しての緊張も若干は和らぎ、「実力はあったのに不運に見舞われた」というケースも減るだろう。

一つの試みとして、「9月入学組の講義には英語による講義を数多く取り入れる」事も、積極的に行うべきだ。そうしなければ、折角秋期入学制度を導入しても、外国人留学生には日本語習得の重荷がのしかかり、「日本に留学する学生が少ない」という抜本的な問題の解決にはならない。

数多くの英語での授業に耐えられるように、9月入学組の入試にはレベルの高い英語のテストを組み入れるべきだ。(TOEICやTOFELで代替しても良い。)こうなると、海外で通用する人材の欲しい各企業は、9月入学(7月卒業)組の学生を敬遠するどころか、先を争って獲得へと動くだろう。

入社後も、各企業がこれまでの年功制度を若干手直しして、9月入学組が有利になるような仕組みを作れば、外国からの留学生でも帰国子女でもない普通の高校生にも、9月入学コースを選ぶ大きなインセンティブを与える事になるだろう。人生は長いのだから、3年の高校生活で済んだ筈の大学入学前の生活が半年増える事は、別に大きな問題ではない筈だ。その間に徹底的に英語を身につけるとか、或いは、既に英語に自信のある人は、若い時にしか出来ないような特別な社会体験をすれば、その後の人生に大きなプラスとなるだろう。

それにしても残念なのは、この提案に対する企業側の反応が如何にも鈍い事だ。多くの学生達の憧れの的である大企業が集まっている「経団連」や「経済同友会」などの所謂「経済団体」は、教育制度の変革についても大きな影響力を行使できる立場にあるにもかかわらず、これらの団体が積極的に動いて変革が行われたという事は、本件に限らず、これまであまり聞いた事がない。大学のあり方についても、こういった団体がどんどん注文をつけ、「この注文を受け入れてくれた大学の卒業生は就職が有利になる」というようなメッセージを明快に打ち出していくべきだと思うのだが、過去にそういった事が起こったとは仄聞していない。

いや、こういう経済団体が影響力を行使した事はあるにはあった。相当以前の「道徳教育の導入」がその一つであり、最近では「ゆとり教育の見直し」がそうである。それはそれで良かったとは思うのだが、「経済団体」が動く時は、どうもその発想に「オジン臭さ」が拭えない。世界の流れを読み、時代を先取りするような動きではない。「経済同友会」も、発足した時には自由闊達な「清新の気風」があったが、年を重ねるにつれて序列を重んじる権威主義的な傾向が強くなってきているように思う。

まあ、言いたい事は他にも色々あるが、今回は東大が折角「秋期入学制度」を提案してくれたのだから、「経団連」や「経済同友会」は、最低限これを強くサポートし、この早期実現への障害を自ら取り除く努力をして欲しい。