自由貿易で滅んだ国はないし、保護貿易で栄えた国もない。1930年代にスムート=ホーレイ法などの保護主義によって世界経済が崩壊したことを教訓として、ナショナリズムを超えて自由貿易を進めようというのがGATTやWTOの精神です。その何が問題なのか、TPP反対派の主張を論理的に理解することは困難です。
反対派の代表格である中野剛志氏が主張していることは、「TPPで輸出は増えない」ということと「安い農産物の輸入が増えてデフレになる」という2点につきます。輸出がそれほど増えないというのは正しいが、それがどうしたのか。輸入が増えたらなぜ困るのか。
中野氏は「関税が撤廃されて米の価格が下がっても、ひとりひとりの消費者には大したメリットがない」という。たしかに米の年間消費量は1人約60kgだから、778%の関税が撤廃されて10kgで3000円の米が400円になっても、年間15000円ぐらいの節約にしかなりません。しかしこれを日本人全体でみると、約2兆円の大きな利益になるのです。しかも値下げによって消費量は増えるので、この消費者の利益は生産者の損失より必ず大きい。
つまりTPP反対派が「デフレ」と呼んで最大のよりどころにしているのは、日本経済にネットの利益をもたらす交易条件(輸出価格/輸入価格)の改善なのです。これは国際経済学の初歩であり、それを理解しないで「デフレはよくない」とか「公共事業でデフレを止めろ」などという彼らの主張は支離滅裂で、読んでいるとめまいがしてきます。
実は、このデフレというのも煙幕にすぎない。本当は「農家の収入が減って困る」といいたいのだが、それだと農業保護が目的だということがばれるので、デフレという言葉でごまかしているのです。こういう彼らの本音をよく示しているのが、東谷暁氏の話です:
われわれが警戒すべきは、海外のアグリビジネスが、日本の農産物の集荷、加工、流通、この三つの支配を狙ってくることだと思います。[・・・]なぜそんなことを心配するかというと、現在、農協に対する風当たりが非常に強くなっているからです。(『「TPP開国論」のウソ』p.179)
これだけ露骨にTPP反対派の本音を語っているのは珍しい。民主党内でTPPに反対している政治家でさえ、一応「食料自給率」などの建て前をいうのですが、彼は堂々と「農協を守れ」と主張する。北村さんが聞いたら、激怒するでしょう。さらに東谷氏は、建設業についてこう書く:
日本の巨大ゼネコンは、TPPに参加すると海外進出しやすくなるという希望をもって賛成しているようです。[しかし]私は「ちょっと待て」と言いたい。「地方の場合、完全に海外企業が入札に加わってきますよ。その時、あなた方、勝てますか?」と。これまでの実績重視や談合すれすれの情報交換など、そうしたテクニックが、すべて使えなくなります。(同上p.161)
彼は「外資が入ってきたら談合できなくなるからTPPに反対したほうがいい」と建設業界をけしかけているのです。そして彼らが恐れるのは、海外企業が政府の不公正な貿易慣行を訴えるISD(investor-state dispute)の制度ができることです。
要するに、農協やゼネコンなどの既得権を保護して「古きよき日本」を守ることが彼らの目的なのです。私は、まったく同じ理由でTPPに賛成です。実際にはアメリカは日本市場にそれほど興味はもっていないが、農協や談合をつぶすぐらいの力はあるでしょう。大西さんもいうように、自分で変える力のない国には、外圧を使うしかない。