最近のTPPを巡る論議を、数学者という外野の立場から観察していますが、あまりにも馬鹿げた議論を見るにつけ(TPPでデフレがひどくなるといった中野、藤井コンビの意見など)、少しだけ書いて置きます。
まず第一に、参加、不参加以前に、この国が主体的に意思決定できるか否かが、問われているということです。
TPP、社会保障と税の一体改革、復興増税を巡る論議を観察していますと、日本という国の意思決定のシステムそのものに、根本的な欠陥があるような気がしてなりません。
こういった保護主義的な国会議員が選出されるということは、民度の問題であるとも言えますが、日本的な和の精神がここでは負に作用しているように感じます。これは、企業の意思決定システムも恐らくそうであり、本社の指示がなければ、意思決定ができないなど、意思決定の遅れで商機を逃すといったことも聞いています。
第二に、国民が海外の動きに無関心過ぎるということです。
TPPの主目的は関税撤廃ではなく、人材の移動の自由化にあると個人的には考えますが、多くの国民には、世界各国が、経済成長のために、国際的人材獲得競争に乗り出し、国際協調による経済の効率化、競争力強化を目指しているのが見えていないのではないでしょうか。
一例を挙げれば、半導体製造装置ステッパーの最大手ASML(本社:オランダ)は、かつてはニコン、キャノンなどの日本のメーカーの後塵を拝していましたが、カールツァイス(ドイツ)との提携で弱点だった光学装置の技術を補完し、部品を外部上達することで効率化し、現在、ステッパー最大手になっています。
海外の人材獲得はすさまじく、外資系企業は、数千万円といった高額の年収を提示してヘッドハンティングを行うこともあるようです。
それに対して、年功序列の幣が染み付いた日本企業は低い年収しか提示できないようで、とても人材獲得競争に勝てない(これも和を大事にし過ぎる幣ともいえます)。
教育の面でもアメリカの理系大学院は、中国人だらけですし、韓国人もかなりいます。彼らは非常に熱心に勉強しています。優秀な学生はアメリカやヨーロッパに留学するというのが普通なのです。
アメリカの大学では中国に優秀な学生をスカウトに行くところもあります。
一方、日本は少子高齢化で、優れた人材、特に理系技術者、研究者が不足していることは明らかであり、直接的雇用、国際的な連携など、どういう形であれ外国人を活用しないと、国が衰退することは明らかです。
既に日本の工業技術は韓国、台湾、中国といった国にキャッチアップされ、アドバンテージは非常に小さくなっているのです。
一部の人たちが、謂わば外国人恐怖症に罹っているようですが、天然資源に乏しい日本が、人的資源の枯渇に直面している今、外国人を活用しないという選択肢は、全くあり得ないことです。
国を開けば、単純労働者の賃金は下がるでしょう。
しかし、国を開かずに保護主義的な政策をとり続ければ、経済効率や人材で他国に差を付けられ、より生活水準は低下するのです。そもそも、海外に向かって不戦敗を宣言して、篭城するような国になっては、明るい未来はないでしょう。しかも、篭城しながら、海外との価格競争に晒され、エネルギー、食糧を輸入しなくてはならないのです。
今こそ果断な決断力を持つ国、国民にならなくてはなりません。
辻 元(上智大学理工学部教授)