日経産業新聞11月7日版に『飛躍する航空機産業』と題する特集記事が掲載された。2面には、飛行機のイラストを囲んで、「日本企業が供給する主な航空機部品・素材」の膨大なリストが掲げられていた。記事は言う。
世界の航空機産業の市場規模は年60兆円超。このうち日本企業が担うのは10年度で1兆667億円にとどまる。だが、今後さらに巨大な市場が誕生するなか、日本勢の比率が高まるのは確実。「部品・素材の加工で高い評価を受け、軽量化技術などで独走状態にある」(ボーイング日本代理店の双日の幹部)からだ。
ボーイング787(B787)の就航に合わせるように、日本で開発された炭素繊維が軽量化に貢献した、主翼・中央翼・前胴・脚格納部などは日本企業が取りまとめた、といった報道が相次いでいる。その極みが、この日経産業新聞の特集である。
世界の航空機産業の中で日本企業が重視されるようになった、というのは一見めでたい話だ。しかし、本当に楽観してよいのだろうか。主翼がなければ飛行機が飛ばないことは間違いないが、主翼は所詮部品に過ぎないからだ。iPod初期にピカピカの筺体は日本企業の研磨技術の賜物という報道が繰り返されたが、研磨企業に大きな利益が転がり込んだだろうか。B787が売れても利益の大半はボーイングに押えられてしまうのではないか。
特集記事には「イノベーション」という視点が欠落している。スティーブ・ジョブスを偲ぶ多くの記事にも書かれていたように、経済社会を大きく変化させるイノベーションを創出した企業に利益が集中するようになっている。優秀な部品(ハード/ソフト)を供給するのではなく、それらの部品や既存の部品を組み合わせて新しい価値を生み出すのが、イノベーションである。
B787がイノベーションとして評価されるとしたら、ハブアンドスポーク方式の空輸ネットワークを破壊することだ。中都市からも国際線直行便を飛ばせる可能性に最初に気付いたANAなど、多くの航空会社がB787の導入を進めている。イノベーションの創出者であるボーイングには大きな利益が集まる可能性がある。
政治家も既に気付いている。2008年には『研究開発力強化法』が制定され、2011年にスタートした『第4期科学技術基本計画』でもイノベーションが強調されている。基本計画には、次のように厳しい現状認識が表明されている。
日本企業のイノベーションシステムの変化への対応はなお道半ばであり、それも一因となって、我が国の産業競争力は長期低落傾向から抜け出していない。その意味で、我が国のイノベーションシステムの国際競争力強化は最も大きな課題の一つである。
日経産業新聞は、世の中の流れに気付いていないのだろうか。困ったものだ。
山田肇 -東洋大学経済学部