中小企業金融円滑化法再延長の是非

原 悟克

中小企業が金融機関からの借入金の返済猶予の要件を緩和し容易にする中小企業金融円滑化法(以下、「円滑化法」という)の施行から、12月4日で丸2年が経過した。金融庁によれば、同法施行日から今年6月末までの間に実行された中小企業に対する条件変更の件数は約30万社、債権本数で約115万件、金額にして累計約38兆円とされており、専門家の間では、このうちいわゆる「隠れ不良債権」額は、4兆円から5兆円にのぼると言われている。帝国データバンクによれば、円滑化法を利用して借入金の返済猶予を受けた後に倒産した企業が、今年10月には22件となり、9月の19件を超えて過去最高になったというが、実質廃業に追い込まれた中小企業を含めれば、その数はさらに増加する。足元の景気回復が遅れる中、「中小企業の倒産を回避する」ことだけを是とするのであれば、来年3月に期限切れとなる円滑化法を再延長するよりないが、自見金融相は、11月15日の会見で、これに慎重な姿勢を示している。これをどのように見るべきなのだろうか。


現在、中小企業の約7割の決算は赤字だ。これは中小企業の経理にかかわった方なら常識的に理解できるはずだが、金融機関からの借入れや経営事項審査のために粉飾して赤字を隠している企業は想像を絶するほど多く、これらを含めれば、赤字企業の割合がさらに高くなることは想像に難くない。借入金を返済するどころか、営業黒字すら出せない中小企業が一朝一夕に黒字転換できるとは到底考えられず、円滑化法再延長の是非とは別の議論として、中小企業の倒産件数が増加するのは仕方ないと考えるべきだろう。この4月の金融庁の「中小企業者等に対する金融円滑化を図るための臨時措置に関する法律に基づく金融監督に関する指針」においても、円滑化法による条件変更先で、「事業の持続可能性が見込まれない債務者」には、事実上、廃業をすすめるという方向性にシフトしている。私見では、この金融庁指針の姿勢はおおむね正しく、いま政府がなすべきは、中小企業の延命により倒産件数を減らすことではなく、失業者対策、経営者の自殺抑止、連鎖倒産の防止など、企業が倒産に至った場合のセーフティーネットを充実させる施策の充実であると考えている。

民間の各金融機関においては、実態に見合わず正常先に区分されている債務者区分が、円滑化法の期限切れにより要注意先以下に転落することで上乗せが必要とされる貸倒引当金は、「4~5兆円の隠れ不良債権」と述べたとおり、相当額に達するだろう。体力的に引当に耐えられない金融機関は、場合によっては公的資金注入をともなう合併等の再編により、実質的に破綻処理されることになるだろう。吸収される側の弱小金融機関とつきあっている中小企業は、突如として融資の基準が変わり、資金繰りに行き詰まるケースが続出するだろう。また、引当に耐えうる体力を持っていても、国際決済をおこなう金融機関は、バーゼルⅢへの対応から中核自己資本を増強する必要に迫られ、サービサー(債権回収会社)への債権譲渡により、オフバランス化を図る動きが加速するだろう。円滑化法の施行により、金融機関からの債権の「仕入れ」が少量化かつ高騰することにより著しく収益性が低下していたサービサー業界が、にわかにその役割を増す。個別サービサーの方針にもよるが、強硬な回収により破綻する企業が急増する可能性もある。

以前、拙記事でも触れたとおり、円滑化法の表向きの目的は中小企業救済だが、その実は、いまや風前の灯火ともいえる連立与党によるポピュリズムであり、それを利用して信用保証制度の破綻を先延ばしするための施策に他ならない。信用保証協会が金融機関に対して代位弁済をおこなった損失は、日本政策金融公庫(以下、「日本公庫」という)による信用保険制度によりカバーされ、日本公庫の赤字は、最終的に国庫負担となる。円滑化法施行以降は、政府の思惑どおり、信用保証協会の保証債務残高は横ばい、代位弁済額は、期末を除く各月の前年同月比で80%程度まで減少している。かりに、平成21年12月から平成23年10月までの代位弁済が前年同月比100%で推移した場合と現状の差異を試算をすると、期間累計で1,963億円の代位弁済が先延ばしされていることになる。通常、年間1兆円前後の代位弁済に、円滑化法の期限切れにより、この金額が上乗せされるとすれば、各信用保証協会の経営だけではなく、震災関連の歳出で逼迫する国庫にとっても、少なからずインパクトがあるだろう。

借金漬けの経営に慣れている日本の中小企業は、円滑化法による条件変更を受けても特別な危機感を感じることはなく、根本的な経営改善に取り組まないことは、この2年間で証明された。中小企救済(延命?)のコストは、巡り巡って国民負担となっているという国民の認識も明確でないままに円滑化法の再延長をすることは欺瞞であるだけでなく、国内市場をさらに弱体化させる効果しかない。さらに言えば、円滑化法など存在しなくても、金融機関の協力が得られれば条件変更だけではなく、債権カットやDES、DDSなどのさらなる抜本的な支援を取り付けることまでも可能だし、その前提となる事業計画は、おのずと迫力と現実性を帯びるはずなのだ。

円滑化法をめぐる問題は決して小さくはないはずなのだが、大多数の国民が無関心で、マスコミも詳細には取り上げないことには、違和感を感じずにはいられない。円滑化法再延長の議論を注意深く見守りながら、国民が正しい情報をもとに同法の是非に関する世論を形成することを期待する。

(原 悟克/アゴラ執筆メンバー)