野田佳彦首相は12月5日午前の衆院予算委員会で、「これまで以上に襟を正して職責を果たしてほしい」と述べ、一川保夫防衛相を更迭しない考えを改めて示した。
身内の民主党や野党自民党議員から、問題の本質から逸脱したポジショントークと思われる意見が出ているが、野田首相に一川防衛相を解任する意向がなく、この話は何れ収束に向かうと思う。
果たして、騒ぐだけ騒ぎ、何の果実も無くこれで良いのであろうか?
沖縄には沖縄の事情がある事は理解するとして、人口140万人弱の小さな県が、日本全体を振り回すのは余りに不自然で、正常化に向けての道筋を付けるべきは当然ではないのか?
嘗て、沖縄県の仲井真弘多知事は部会で、今年度当初予算で約2300億円だった沖縄関連予算を3千億円に増額し、10年間継続して同額を確保するよう要望した。東京電力福島第1原発事故の自主避難者への賠償金額が一人当たり原則8万円である事と比較すれば、2300億円であってもまるで一国二制度を思わすような沖縄に対する厚遇であるが、沖縄はそれで感謝する県ではない。
マスコミ報道によれば、沖縄は少しも感謝する事無く不満を募らせ、怒ってばかりである。
国と沖縄の歪な関係はこの辺でピリオドを打つべきである。私は野田首相に「襟を正して沖縄に対し真摯に向き合え」と訴えたい。
しかしながら、一体どうして国と沖縄の関係はこうなってしまったのであろう?
池田先生のこの記事が判り易く解説してくれている。
莫大な補助金やそれ以外の[沖縄の地主に]支払われる借地料、
米軍基地の底地に対して、日本政府から[沖縄の地主に]支払われる借地料は918億円にものぼります(平成23年度)。沖縄では地価が下がっていても、この借地料は年々値上がりし続けているのです。それが約3万9000人の地主に分配されている。単純計算ですが、ひとり当たり235万円になります。
或いは辺野古に「移転補償金」の名目で支払われている多額の資金、
辺野古にも毎年、100億円以上の「移転補償金」が出ており、問題がこじれて長期化すれば、これがずっと出る。決着がついたら補助金ももらえなくなるので、地元の政治家は県民感情を利用して問題を引き延ばしているのだ、というのがメア氏の見立てである。
疑問を解き明かす鍵は、基地ありきの収入ではないか?県の財政、地域経済そして県民の生活は基地ありきの収入無しでは成り立たない様である。政治、経済、地域社会が基地ありきで成り立っており、まるで欧州の城塞国家の中心に教会があるが如く、沖縄に基地が存在しているというのが私の印象である。
私は、無償で物や金を貰う事に極めて否定的である。これは、私が20代後半、仕事でインドや中近東各国を訪問したり、30代前半の4年間を駐在員として中近東で過ごし、バクシーシを体験し、その業の深さに驚くと共に日本では決してこの様な事があってはならないと深く思ったからだと思う。
バクシーシと言っても、大部分の読者は何の事か判らないと思う。このブログ参照を推奨する。
最貧国に於いては、残念であるが子供は労働力である。幼い子供が靴磨きや、路上に出て車の窓拭きをやり、チップを貰う。後は物乞い。
靴磨きであっても熱心にやれば丁寧な仕事振りが認められ、固定客が出来チップも貰える。何れ溜めた金で家族で食堂を経営するとか将来への展望が開ける。車の窓拭きであっても、アルバイトで窓拭き要員としてガソリンスタンドに採用され、やがて給油やオイルの交換、タイヤの交換とかも任され正社員になれるかも知れない。更に頑張れば独立し、ガソリンスタンドの経営者になる可能性だってある。
しかしながら、最後の物乞いの子供は物乞いの青年となり中年となり年老いた物乞いとして死んで行くしかない。これが、私が乞食、物乞いを許容する社会を業が深いと批判する理由である。
調べて見た所、沖縄は年間完全失業率と離婚率が日本一である。
一方、県民所得は最下位、男性中高年の自殺は全国2~3位である。補助金は餓死を無くす事は出来ても、夢と希望の喪失で自殺に向かう男性中高年を救えなかったと言う所ではないだろうか。
これに対し、沖縄県の仲井真弘多知事は基地の存在が企業誘致のネックとなっており結果高失業、低所得、自殺率の高さとなっている。もっと補助金を出せとでも主張するのであろうか?
そもそも、基地を無くせと主張しているが、基地が無くなれば補助金、補償金、基地の借地料が無くなり、県の財政、地域経済が破綻するのではないか?明らかな自己矛盾と思うが。
私は、時間がどれ程かかろうと、沖縄に渡る金の一部が末端迄行き渡っているにしろ、今の様に、主に既得権者やその周りの人間に只管消費される仕組みはこれ以上継続すべきでは無く、県民、県経済が自立するための支援として使われる様に構造を根本から変革すべきと考えている。
そして、大分先であるにせよ、沖縄は補助金なしでやって行ける自立した県を目指すべきである。
繰り返しとなるが、その為には、政府は襟を正し真摯に沖縄と先ず対話すべきと考える。沖縄の事を真剣に考え、言い難い事も敢えて切り出すべきである。
現在の如く政権交代の可能性が高かったり、或いは交渉相手の大臣が頻繁に入れ替わる様では沖縄としても何処まで真剣に話に乗るか躊躇するのは当然である。
従って、提案であるが、超党派で余程の問題が無い限り10年仕事をやって貰う沖縄担当大臣を任命してはどうだろうか? 仮に政権が他党に移行しても10年間の大臣任期は保障するのである。
大臣が頻繁に入れ替わる事に慣れた日本人には奇異に映るかも知れないが、東西ドイツ統合の立役者ドイツのゲンシャー外相は、私がドイツに留学した1981年には副首相、外相7年の実績を誇る大物外務大臣であったが、その後1992年迄、更に11年連続して外相の地位に留まり、統一を成し遂げた。
日本もこれを見習い、沖縄問題を担当する大臣を10年の期間で任命し構造改革に当らすべきと考える。この改革が成功するか否かは偏に国民の支持、支援にかかっている事を国民は忘れてはならないし、大臣の任命に際しては国民から支持され尊敬される人物を選定する必要があるのは当然である。
山口巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役