先日起こった「北朝鮮のMIG21戦闘機が墜落した事件」で、佐藤守氏はこの事件を「北朝鮮の末期的現象」と解釈している。その可能性は極めて高いだろう。共産主義という美名の下に、独裁者と軍部の上層部が結託して、少数の支配階級を作り、多数の人民を長年抑圧する独裁政権は、いずれ崩壊の道を辿ることは間違いない。それは自由と生活水準の向上を望む一般の国民を永遠に抑圧し続けることは不可能であるという理由によっている。問題は、「それが何時、どのような形で崩壊する」かについては議論の余地があるところであろう。それでは「北朝鮮崩壊」が具体的にどのようなシナリオで発生する可能性が高いかについて考えてみよう。
シナリオ1 「やっと生きながらえている凋落国家だか、あと半世紀は生き延びるケース」
金日成危篤のニュースが報道され始めた頃、多くの朝鮮問題の専門家が、金正日政権になれば、その統治能力の欠如から「新政権は1週間も持たないだろう」と予測していた。その後の歴史は、「いかにこの予測が外れていたか」ということを実証している。延々と続く「六カ国協議」をのらりくらりと切り抜け、その度に「核兵器の恐怖」と「軍事力」を誇示するため、精度の落ちるミサイルを見本市的に発射し、経済援助だけを取り込む手段で、今後も半世紀ぐらい生き延びるというケースが考えられる。国際監視や対北包囲網が次第に強化されてきているので、麻薬取引や通貨偽造は次第に難しくなってきているので、ロケット技術、核兵器等の販売促進に力を入れざるを得ない。その他資産凍結、海外における北鮮企業の違法活動の監視、渡航禁止等の追加制裁も強化されつつある。先日もチェッコへ借金返済の方法として、「朝鮮人参」による支払を申し入れたが、ていよく断られた。韓国に脅しをかけて、水面下でお金をせびったり観光投資を促進しようとするが、70代になった「将軍様」は長く病を患っていて、最近は「論理的な思考能力も欠如していて、yes とnoがころころか変わる」ので、韓国側もまともに相手に出来ないような状態である。そのため観光収入も先細り気味になってきている。飛行機にも乗れないほどの小心者ではあるが、自尊心だけは人一倍強く、駄々っ子のように振舞う。気晴らしのためのコニヤックとバイアグラの消費が増える傾向にあるだろう。まさかの時のことを考えて、サダム・フセインが隠れていたような穴倉を幾つか用意しているかも知れない。最近は息子の正雲に実権を移譲するために、いろいろな工作をしている。武器造りだけに邁進し、「将軍様一家」と「軍の上層部」は例外で、大衆は食糧難で過酷な毎日の生活に追い回されている。最近は、30万円ほど出せば、日本からも北朝鮮へ観光に行けるが、折角の外貨稼ぎの計画も、旅行者にまずい食べ物を提供するので、この旅行案は全く人気がない。それに何時拉致をされるか分らないというリスクもある。気の毒な国民は、生活苦から反乱する気力も失い、過酷な現状の中を何とかその日を生き延びようとする。中国は、難民に押し寄せられると困るので、少しだけ燃料の援助をする。最近は将軍様も強引になってきて、「戦闘機を無償で欲しい」という虫のいい要求を突きつけてくるが、これ以上「ならず者」に深く付き合わないようにしている。もちろん狡猾なロシアは何もしない。このような過酷な現状が、あと半世紀ぐらい経過する可能性はあるかもしれないが、このシナリオが実現する確率は極めて低いと考える。
シナリオ 2 「第二次朝鮮戦争」
最近の南北朝鮮の関係は、北朝鮮の機雷による韓国軍艦沈没事件以来、極めて敵対的な様相を示している。その対抗策として、米韓国は共同軍事演習を展開している。また韓国は北朝鮮に拡声器で通告する戦術をも再開している。これに対して北朝鮮は挑発的な警告を発して、これに対抗している。このような過程が発展して、ある時突然戦争に突入しないとも限らない。特に経済的に行き詰っている北朝鮮の指導部は、最後の賭けをやらないという保証はないだろう。このケースが発生する確率は他の場合よりもかなり高いかもしれない。その場合、中国がどう出るかが重要な鍵になる。もし中国が参戦しなければ、戦いはかなり短期に終わるだろう。ところが第一次朝鮮戦争の時と同じく、中国が北朝鮮側に立って米韓軍と正規に戦えば、大きな戦争になるのは明らかである。半世紀前の朝鮮戦争は、まだ人海戦術の要素が強かったが、大量破壊兵器とステルスなどの近代的な戦闘機や爆撃機、ミサイルが高度に開発されている現在では、その破壊力が双方に大きな損害を与えることは明白である。物資不足から、軍隊の訓練用の燃料も不足するので、航空機や戦車の燃料タンクはフルになることはなく、兵隊も食料難からひもじい思いをしているだろう。ただ、一旦戦争が始まれば、やけくそになって、最後の一撃だけはしかけてくるだろう。まさに特攻隊の精神である。これは一番恐ろしいシナリオである。
シナリオ 3 「東独型の崩壊」
いくら北朝鮮が厳しい鎖国政策を維持しようとしても、ある程度の自由の確保と日常生活を維持するための物資が十分に調達出来なければ、人民は海外へ逃避しようとするのは、当然の成り行きである。中国をはじめ東南アジアへの密出国が現在でも継続的に発生しているのも、北朝鮮の過酷な生活状態を考えれば、無理のないところである。今年も食糧難が一段とひどくなっているようなので、ひょっとしてある時、突然多数の国民が生命の危機をも省みず、鴨緑江を超えて、中国へ逃亡する可能性も否定できない。最初は何百人単位だったものが、何千人に膨れ上がり、遂には何万人あるいは何十万人の大衆となる。最初は警察と軍隊が防止しようとするが、大衆の数に押されて、遂には自分達も制服を脱いで家族と共に、大衆の中に溶け込んでしまう。釜山から漁船やボートに乗って日本へ、一部は仁山から西へ舵を取り、中国へ向かう人達もいるだろう。まさに大衆離脱が国家規模で発生するケースである。ベルリンの場合は一つの壁が東西を遮っていたが、今回は三方が海に囲まれているので、まさに30年前のベトナム・ボート・ピープルの事件をもっと大規模にしたものである。警察も軍隊も、この大衆の必死の行動に圧倒されて、民衆の側に立つだろう。この大規模な大衆離脱に恐怖を感じた少数の独裁者層は、危険を感じて身を隠そうとするだろう。その時、25年前にルーマニアで起こった「チューチェスクのような運命」になるかどうかは、北朝鮮の国民の態度によるだろう。あの「チュウチェスク事件」が起こる数年前に、著者はルーマニアへ旅行した。商店街の店のウインドーには、必ずチュウチェスクの写真が飾ってあり、街中が彼の写真で埋まっていた。それほど徹底した独裁政治をしていたので、最後に長年人民を抑圧したその反動と憎悪で、大衆が彼を引き回して銃殺した理由はよく理解できた。著者は、このケースが発生する可能性はかなり高いのではないかと思っている。それは半世紀にわたる抑圧的な政治制度に対する国民の憎しみと反動の結果からである。中国、日本、台湾の政府が、この問題にどう対処するかは、興味のあるところである。
シナリオ 4 「中国主導による政権交代」
最近の中国政府の北朝鮮に対する態度に、微妙な変化が出てきていることに気がつく。今までのように何でも北朝鮮に歩調を合わせるということがなくなってきた。その原因は、北朝鮮の要求が段々と度が過ぎるようになってきたことと、国際社会の中で「ならず者の国家」として次第に孤立する立場の擁護問題で、中国がそれを負担に感じる為だろう。中国の知的階層の中に、北朝鮮擁護を中止すべきだという意見が最近台頭し初めている点も見逃せない。金正日の根本の方策は、「金王朝の確立と独裁政権の維持」だけが一大目的であるので、これは中国政府が受け入れられない要求だろう。これ以上金政権の我侭を放置すれば、シナリオ3で述べたような人民の大挙離脱のような危機が何時起こらないとも限らないので、いずれ中国政府も金政権に見切りをつけて、もう少し開放的で民衆にも受け入れられる政権の樹立を模索するかもしれない。このケースが発生する可能性は高いと考えられる。この場合、北朝鮮の人民の生活は以前ほど抑圧的ではないかもしれないが、大きな改善はないだろう。
シナリオ 5 「軍部によるクーデター」
軍部が「耄碌しかけた将軍様の指導力」に疑問を持ち始め、その後継者金正雲の能力にも懐疑的になり、自分達で都合のいい軍事政権の樹立を目指して、クーデターを起こすケースである。このシナリオが発生すれば、北朝鮮はミャンマーのような国になるだろう。これまでは「将軍様が最高の指導者」だったが、これからは軍部の頭がそれに代わるだけである。人民の生活は相変わらず苦しく、改善の見込みのないまま、暗黒の生活が続くだろう。このケースが発生する可能性も否定出来ない。
シナリオ 6 「リビアのカダフィの改心」
「耄碌し始めた将軍様」がある夜突然悪夢を見て苦しむ。武器だけ作って、食料も十分にない人民の呪いが夢の中に現れたのだ。70歳代になって、少し気が弱くなってきたので、自分が今までやってきた悪行を急に後悔し始める。そうしてこの難事を打開するにはどうしようかと模索する。最終的には、今までの方針を180度転換して、「ならず者の国家」を止めて、正常な国際社会へ戻ろうと決心をする。武器製造国家から、中国に見習って、経済にもっと力を入れて、開かれた国際社会の一員として、脅しを掛けるのではなく、他国と協調して、平和の維持と経済的な向上を図ろうとする。もっともこのケースが起こる可能性は限りなくゼロに近い。半世紀も独裁者でいた「将軍様がカダフィのように改心」する可能性は考えにくい。
シナリオ 7 「民主主義政権の樹立」
国連を中心にした国際社会が集まって、北朝鮮の人民を「将軍様の抑圧から解放」するために、色々北朝鮮政府に働きかけて、遂に民主主義政権樹立にこぎつけるというケースである。これが発生する可能性はないとは言えないが、今までの六カ国会議の経過を見ても、このケースの発生確率は極めて低いと言わざるを得ないだろう。
これ以外のシナリオが考えられるだろうか。
2010年8月20日 ミネソタ州にて
「中谷孝夫」View from Lake Minnetonka(ミネトンカ湖畔からの観察記) 在米44年、元ウォール街の証券アナリスト、経済評論家、著書「アメリカ発21世紀の信用恐慌」
コメント
バックキャスティングなシナリオで、
フォワードルッキングな議論ではないですね。
そもそもいずれも日本の関与が全くない
自然発生的なシナリオばかりで、
これに従う限り、六カ国交渉においても
日本は孤独な遠巻きでしかないでしょう。
カーター元大統領は人道的介入の立場をとり
(共産主義+ヒューマニズム⇨社会民主主義?)
李明博大統領は軍事的圧力には軍事で応える一方で、
統一税により、統一の意志があることを示しました。
経済封鎖が強化される中、中国との経済関係は強まらざるを得ませんが、鴨緑江の洪水が象徴するように、その境界は断固として存在します。
日本とな共通点は強力な官僚機構(軍部も含む)にあり、(さもなければこれまで体制を維持できなかったでしょう。)
そこを接点に、存在を発揮することはできないものでしょうか?
一人一人が主体性を持たない文化圏にあるアジアの一つの国である北朝鮮は、軍事力オンリーという人権不在の暴力組織を中心にいままで生き延びているという極めて特殊な進化を遂げていますね。ただ国民の幸福度から推測されるとうり、その進化は世界標準でいうところの’退化’にあてはまっているんだろうと思います。
70年ほど前、同じように、自国の利益ばかり主張し、関係国との話し合いから自分から席を立ち、その結果必要な生活物資を遮断され、勝つ見込みのない戦争をはじめるといったような、アメリカもその苦い経験(勝つ見込みもないのに開戦する信じがたい文化もある事)を考慮して、直接的な紛争を回避すべくとても慎重な態度をとっております。
そしていま、その北朝鮮から軍隊を取り除いて、製造業主体で人権意識のよく似た主体性のない国家が、経済の破綻に向かってまっしぐらに退化しております。隣のよく似た国を心配する前に、なんでもかんでも誰かの行動に期待する発想や、環境の変化が問題を解決してくれるような人任せな行動(意見)ではなく、一人でも多くの人達が、自分の意思で、自分の行動を決めて、自分と国の未来を変えていくような主体性を持つことが、この経済破綻への退化を止めて、進化に変えていく唯一の道なんだと思います。
壁か溝かよくわかりませんが、安易に他者を寄せ付けない海にかこまれた島国だからこそ、この異常な退化が、こんなに長い間守られたのかなと思います。こんな異常な社会で、まさに今、息をしていることさえ奇跡とはこのことです。