マイナンバー法案(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律案)が2012年2月14日に閣議決定された。その二日後、16日に朝日新聞は天声人語でこの法案に対する危惧を表明した。朝日新聞のサイトにはその要約が掲載されている。
いまのところデータは散在している。しかし誰かが何かの意図で寄せ集めれば、「私」はたちまち裸にされてしまう。そんな電子網への危惧が募る時代に、政府の「共通番号制度法案」が閣議決定された。国民1人ずつに番号をつけて所得や年金、診療などの個人情報を管理する制度だが、政府の調査ではまだ8割の人が内容を知らない。管理が監視にならないか? 悪用の恐れは? すでにご存じで利点は承知の人も、心掛かりは様々あろう。
朝日新聞は10年前と同じ主張を繰り返している。個人情報保護法が成立した2003年5月直前の、4月27日付け「官に厳しいタガを 個人情報保護」、4月23日付け「外部提供もっと厳格に 住基情報」といった社説から何も変わっていない。
朝日新聞は個人情報を利用して政府・自治体が行政サービスを提供することが大嫌いだ。そんな主張が10年前には大勢を占め、それ以来、わが国は行政の電子化にずっと及び腰だった。その結果、電子政府に関する2010年国連調査で日本は17位という状況に陥った。アジア太平洋圏では、韓国、オーストラリア、シンガポール、バーレーン、ニュージーランドよりも下だ。
マイナンバー法案は、社会保障・税・防災分野等に限って共通番号を用いようというもので、利用範囲は限られている。その上、監視機構として個人番号情報保護委員会を設置する。各国よりもずっと限定的に、今よりも少しだけ行政情報間の連携を図ろうという法案に過ぎない。
朝日新聞の理解は進んでいない。天声人語は「番号という『絆』が、元の意味の『動物をつなぐ綱』になっては困る。周知と議論がもっと欲しい。」と、まとめられている。朝日新聞は大マスコミだから、政治家や官僚に簡単にアプローチできる。自ら調査すれば法案の意義も課題もすぐに明らかになるだろう。それもせずに「周知と議論」を求めるだけなのはなぜだろう。天声人語には言い訳のように「9年前には個人情報保護法ができた。人と人とのつながりを断ち切る方にアクセルが踏まれ、人間砂漠の乾燥は進んだ。」とあるが、アクセルを踏んだのは朝日新聞ではなかったのか。
情報は利活用されて初めて価値が生まれるので、保護ばかりというは生産的ではない。利活用と保護のバランスを図ることが重要だが、わが国は保護の方に傾き過ぎている。マイナンバー法をきっかけに利活用に向かって進むことを期待する。
山田肇 - 東洋大学経済学部