1970年生まれの私にしてみると、日本企業が、2000年代に入って情報産業への適切な適応ができなかった事は不思議に思える。90年代の就職時にはバブル期は終わりを迎えており、1979年にエズラ・F・ヴォーゲルが『ジャパン アズ ナンバーワン』を出版し、日本的組織の美徳として当たり前と考えられた時期だったからだ。もちろん、私も素朴にそれを信じていた。
終身雇用制度、年功序列、社員の社会への忠誠心、エリート主義の官僚制度は、戦後の日本の高度成長を支える上では重要な役割を担っていると、ヴォーゲルは指摘している。多くの人びとがハングリー精神を持ち、産業規模が拡大している時代には、特に有利に機能した。
ところが、その制度は90年代から00年代へと、世界的な競争環境のルールが変わる中で、環境適応をする上での障害に変わってきた。2004年の復刻版によせた序文で、ヴォーゲルは日本を「後発国の成功後シンドローム」という病だと呼んでいる。
日本人は、高い生活水準とかなり快適な生活を享受できるようになったためハングリー精神を失う一方で、潜在的な問題に対して危機意識がない。また、人口構造の高年齢化による勤労人口の減少、鎖国的な傾向が海外で活躍する新しいリーダーを生み出せていない。さらに、日本の制度は政府と企業がかみ合う制度を作るには時間がかかるなどの問題点を指摘している。
最新の知識や人材という意味も変わった。「留学させて勉強させるだけでは最先端の技術についていけない。戦後間もない頃は、欧米に留学した人間が帰国した学んだことを教えることで良かった」
その対策として提案されている内容は、8年後の2012年の今から見て、それほど驚く事は書かれていない。
指摘するまでもなく、00年代に入って起きた変化は、新しいルールの登場によるところが大きい。インターネットに代表されるIT産業の成果は、国境を越えて、技術がなだれ込んでくるところにある。
過去の産業のように、新技術を国内に輸入し、日本風に組み替える時間が与えられない。そのため、新しい分野に日本の組織が適応する時間がほとんど与えられない。「シリコンバレーといった新産業のクラスター地域に、人的にも食い込み、ネットワークを築く必要性」を指摘している。現実的な問題として、日本人には容易なことではない。
様々な条件がいる。ヴォーゲルは、金融制度を改革し、ベンチャー企業に投資が向かい、将来有望とみなされる分野に、迅速に資金が流れ込む仕組みを整える必要性を訴えている。こうした仕組みにより、必ず倒産する企業が出てくるが、「定年前に職を失うと、最初のうちは新たな状況に適応できなくて、悩むかもしれないが、一度観念すると、明治時代の元武士のように、独創性を発揮するものが大勢出てくるであろう」と述べている。
新しい知識と、人的リソース、そして、資金のダイナミクスこそ、クラスター地域形成の基本条件だ。日本国内に世界に対抗できるほどのクラスター地域を育てなければならないが、現実的には様々な壁がある。潜在的に有能は人は日本にいるに違いない、しかし、新しい知識や資金が環流することはなく。ベンチャー企業が資金を得て成長することは、今でも極めて難しい。壁を壊さなければならない。
私自身はゲームを中心にコンテンツ産業分野について追っている。コンテンツ産業は高付加価値を生み出す新しい成長産業として期待されている。成長のためにはクラスター地域のダイナミクスが切実に必要な産業だ。
一方で、実態として、国内市場は2000年代に入ってからの10年間、出版、映像、ゲーム、音楽といった市場規模の合計は、12兆円から13兆円前後でほぼ横ばいの状態が続いている。また、経済産業省の試算では、海外売上は2010年は7000億円に留まっている。
ただ、2011年5月に「クール・ジャパン戦略推進事業」を発表し、2020年までにこれを2兆~3兆円にまで拡大することを目標として掲げた。しかし、その実現のためには登場し続ける技術を織り込んだ、まったく新しいビジネスモデルや、ベンチャー企業の成長など、新しい考え方の登場と成長が必須と言えるだろう。やはり、新しいダイナミクスが必要だ。
それは、新しい世代として「成功後シンドローム」からどう脱出するかという答えを探ることでもあるだろう。
この私のブログでは、
(1)どんなルールが産業構造の激変を生み出しているのか
(2)ムーアの法則など持続的な変化を予測可能なものは何か
(3)それらのルールに日本の組織や企業が適応する方法は何か
そして、
(4)成長を生み出しうる日本的なオリジナリティはどこにあるのか
を、探っていきたい。適宜、お付き合いを頂ければと思う。