AIJ投資顧問にマルコポロスは現れたのだろうか? --- 山口 利昭

アゴラ編集部

AIJ投資顧問による年金消失事件について、「日本版マドフ事件」などと報じているマスコミさんの記事を読みますと、ついついマルコポロス氏のことを思い出します。マルコポロス氏は、元ナスダック代表であるバーナードマドフ氏のポンジ・スキーム(ねずみ講)を用いた巨額投資詐欺事件について、事件発覚の前からSEC(米国証券取引委員会:編集部注)に「あれは怪しいから調査せよ」と警告を言い続けていた方であり、CFE(公認不正検査士)の資格保有者です。事件発覚後は米国議会にも証人として呼ばれ、SECに捜査を求める警告を発していた経緯について詳細に語っておられます。


おもしろいのがマルコポロス氏の著書「誰も聞き入れなかった:実際にあった怖い投資の話」にあるエピソードであり、その抜粋はこちらからお読みになれます(タビスランドHPより)。マドフの投資手法が怪しい……ということを多くの人が知っていながら、だれもそれを口に出さなかった。では、なぜマルコポロスが口に出して「怪しい」と公言していたか……というと、それは上司から「お前もマドフのような運用実績を出せ!」とマドフと比較されならが厳しく命令されていたからだそうです。つまり自己保身(自己防衛)のために「マドフはぜったいイカサマ」というのを証明してみせねばならず、そのためにSECにも警告を発信していた、とのこと。つまり、自分の人生がかかっていたからこそ言い出せたのであり、そこまで追いつめられないと「おかしい」と口に出すことはむずかしいということなのですね。

そのマルコポロス氏は、ウォールストリートには「マドフは怪しい」と知っていなら、口に出すことをしない人が多く存在することが「最大の驚き」だったようです。なぜ口に出さないかといいますと、怪しいかもしれないが、マドフの投資によって手数料が入ってくるなら、それでもいい……と皆さんが思っていたから、だそうです。また、プロのファンドマネージャーたちでも、普通ならばデューデリを求めて断られた場合、「じゃあ、さよなら」となるわけですが、そのあまりにも美しい投資実績に目がくらんでイギリスのオイルマネーを集めるファンドマネージャーすら数億ドルを預けていた、とのこと。二人しか会計士がいない事務所が帳簿をチェックしている事実には「見てみないふりをして」、その実績に賭けていた、というのが実際のところだったようです。つまりいくら開示規制を強化したとしても、またいくら投資家の能力が高くなったとしても、行政の監督責任は免れ、かつ投資家の自己責任は問えるけれども、だまされる人(だまされたい人?)はなくならない、というのが真実ではないでしょうか。

いろいろなブログでAIJ投資顧問の年金消失問題が話題になっていますが、「私は以前から、この業者の手法は怪しいと思っていた。なぜなら」的な書きぶりが目立ちます。しかし、怪しいと思っていたことと、実際に怪しいと口に出すこととは雲泥の差です。たしかに2009年に格付情報センターが警告を出していた、ということのようですが、マルコポロスがSECから無視されたようなものだったのかもしれません。マルコポロス氏ですら、お尻に火がつかなければ口に出すことはできなかったそうで、これだけ2ちゃんねるやヤフー掲示板を初め、匿名による意見広報の機会があるにしても、やはり「あそこは怪しい」と公言することで不正を早期に発見することは本当にむずかしいと痛感します。いや、早期に発見した人ほど、(本来ならば一目散に撤退するのが筋かもしれませんが)AIJの運用の失敗によって大儲けをしているのかもしれません。これからの捜査の行方を注目したいと思います。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年2月28日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。