「逆メンター制度」は若者からの搾取か?

高橋 正人

1.「逆メンター制度」とは
通常、企業のメンター制度とは、入社して間もない若手に対して、身近な先輩がマンツーマンで相談に乗り、アドバイスを行うことを指す。しかし、驚いたことに、米国企業では、若手が上司や経営陣を指導(!)する「逆メンター制度」なるものが広がっているらしい。(参考:クーリエ・ジャポン2月号「新入社員とCEOの絆を深める『逆メンター制度に注目せよ!』」、元記事はウォール・ストリート・ジャーナル)

記事によれば、米国の「逆メンター制度」は、約10年前、GEにおいて導入されたのを契機に広がっており、具体的な活用事例として、ツイッターやフェイスブックなどのSNS活用術を若手が年長者に伝授していることが紹介されている。

確かに、ビジネスマンが解釈・処理しなければならない情報量は爆発的に増加しており、年齢を重ねて固定観念が染みついてしまった年長者が、自力でこれらの新しい情報に対応するのは年々困難になっているだろう。新しいことを柔軟に吸収できる若手から教えを請いたいと思うのは自然な流れである。したがって、今後、「逆メンター制度」が日本企業で採用されても全く不思議ではない。

2.若手からの搾取?


しかし、「逆メンター制度」には危険な一面がある。若手の側から見ると、コスト(時間や労力)を掛けて手に入れた情報・ノウハウや独自のアイデアを一方的に年長者に搾取されてしまう可能性があるからだ。

終身雇用・年功序列賃金が維持されていたかつての日本の大企業であれば、アイデアなどを上司に搾取されても黙っているのが合理的だった(なぜなら、自分が偉くなった後で搾取する側に回れるから)。例え、資料のどうでも良い「てにをは」だけを修正した上司が、いかにも「全て私が考えました」といった顔で経営陣に説明していたとしても、黙って見過ごすのが若手サラリーマンのあるべき姿だったわけだ。

しかし、今はそんなに甘い世界ではない。若手も馬鹿ではないのだ。自分の世代が引退するまで終身雇用や年功賃金制度を維持するのが不可能なことくらい十分にわかっており、情報やノウハウを無償で提供するわけがない。もし、「逆メンター制度」が単なる年長者による搾取になっていて、若手に得るものが何もないと判断すれば、情報を出し惜しみするに決まっている。これでは「逆メンター制度」など機能しないだろう。

では、「逆メンター制度」をうまく機能させるにはどうすれば良いのだろうか。

3.将棋界でのトッププロと若手のWin-Win関係
「逆メンター制度」を機能させる方法のヒントとして、将棋界におけるトッププロと若手棋士の関係が参考になる。将棋界は個人同士の勝負の世界であり、自分の研究成果を他の棋士に披露するのは損なはずだ。しかし、不思議なことに、トッププロが若手棋士を呼び寄せ、若手の研究成果(新手のアイデア)を聞き出すことが良くあるそうだ。

なぜ若手棋士は、苦労して考えたアイデアをトッププロに話すのだろうか。

以下は、梅田望夫「どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?」(中央公論社)からの引用である(「研究においてトッププロと若手棋士がそれぞれ得るものは何か、両者の間に不公平感はないか」等の問いにトッププロ(深浦康市九段)が答えた箇所)。

新手は素材の段階に過ぎず、「ある局面でこういう新しい手がある」というアイデアだけでは実戦で使えない。(p. 212)

若手棋士が(略)、自分が考えたアイデアをトッププロと共有して、そこから調理のプロセスを学ぶというのは、正しい在り方でしょう。そこには搾取は存在しません。ギブ・アンド・テークが成立し、お互いに得るものがあるフェアな関係と言えます。(p. 214)

つまり、若手棋士が考えた新手は単なる材料に過ぎず、どう料理するのか(新手の局面に至るまでの前後の手を工夫する、本当に読み筋に抜けがないか確認するなど)を慎重に考えないと食べられない(実戦で指せない)、ということのようだ。荒削りのアイデアを実戦で使える水準までトッププロが高めていくプロセスを学べるため、若手棋士にとって研究成果を披露する十分なインセンティブがあるわけだ。もちろん、トッププロから見ても若手の常識に捕らわれない発想を聞けるというメリットがある。

「逆メンター制度」を設けたとしても、自動的に若手から有益なアイデアや情報が寄せられるわけではない。単なる搾取に陥らないためには、年長者の側で何かしらの付加価値を付け、若手に還元してあげられる能力が求められる。言い換えれば、そういった能力のない単なる「情報クレクレ上司」は誰からも相手にされなくなり、一掃される必要がある。

高橋 正人(@mstakah