アゴラの読者の皆さまであれば、企業のADR(Alternative Dispute Resolution)による私的整理の手法はよくご存じであろう。最近でも、3月15日に三光汽船がその手続きを始めた。本論は、これを国家に適用したらどうなるか、という思考実験である。国家が“裁判外”で債務整理をすることはないので、法律論としては意味をなさない。法律論での反論はご容赦いただきたい。
以前、財政破綻は国債保有者に財産税を課税するという意味で、増税の一種であるというを主張したが、国家の債務不履行は社会的影響が大きく、かつ金融システムを破壊するので何としても避けなければならない、という当たり前の反論しか返ってこなかった。
日本国の財政は危機的状況にあるが、国債は将来の徴税を原資にした国家の無担保債券と考えれば、国債の信用は、将来の「国民」がどれだけ税金を払えるか、にかかっている。一方、日本国債の大半の保有者は日本の金融機関であるが、それらの金融機関は債務者である日本国から免許を得て営業している。
財政破綻させずに国の債務を圧縮する方法は、将来の増税しかないのか(歳出削減が出来ていればとっくに問題は解決しているので、議論の対象としない)。
企業が法的整理を避け、金融機関等の債権者に債務免除を要求する事業再生手法が成立するのは、企業先が倒産することでかえって債権回収が難しくなる債権者に対し、債務者が十分な反省の態度を示し、経営陣を入れ替えるなどの方法を取って、債権者を納得させられるからである。債務者である企業側がカネを返せなくなることに十分反省し、債権者との「約束」を果たせなかった責任を取り、主要な経営陣を退陣させることに同意し、従業員にも相応の負担を求め、その後の再生プランを債権者と一緒に練ることで、企業を生き返らせ、債権の大きな棄損を避ける。
これを日本国と日本の金融機関に置き換えて考えてみよう。
日本国が増税と歳出削減を実行できなかったことに反省し、”経営陣”を退陣させることに同意し、職員(国家公務員)にも相応の負担を求め、国家の再生プランを債権者(国債保有者)と一緒に考えることで、債権者(金融機関等)が債務免除をする、ということはできないか。
財政破綻が起こると金融システムが崩壊する、というのは、国債の価値が暴落して保有している金融機関が債務超過に陥り、決済機能と信用創造機能がマヒするからであるが、金融機関に免許を与えているのは債務者である「国」である。国が、「債務超過になっても銀行として営業を続けて構わない」という政策を採れば、金融機関の間でキャッシュは動き続け、金融システムはクラッシュしない。
預金者が多額の払い戻しを要求し(取付け騒ぎ)、”債権を保全”する事態にもならないだろう。なぜなら、預金を払い戻しても、日本銀行券の発行体自体が債務超過になっている可能性が高く、債権の”保全”にならないからだ。
(BIS規制により)日本のメガバンクは国際業務から完全撤退することになるだろうが、債務超過でも銀行の営業が続けられるのなら、国に対して、普通に”不良債権処理”をすればよい。
以上も冗談を重ねた暴論であり、国家財政の悪化は最終的には貨幣価値の下落を通じてインフレが誘発されることは読者の皆さんご理解の通りである。結局のところ、日本の将来に待っているのは、金利高による資産デフレと、円安による資源インフレであろう。
考えてみれば、日本銀行はの経営は健全だが、”親会社”である日本国はとっくに債務超過だ。
その”負債”は国民共有の借金であり、それはまた金融機関を通じて国民の“資産”になっている。消費税の増税は資産を持たない者にも負担がかかるが、国債の不償還は、国債を持っている者(あるいは預金者)にしか負担がかからない。
財務省が発表した2010年末の日本国の債務残高は約924兆円(国債が約759兆円、短期借入金が約55兆円、短期証券が約110兆円)で、日本国民1人当りにすると722万円と高額だ。
しかしこれは、国の借金を国民全員が一律に負担するという、人頭税的な発想に基づく計算である。内閣府が試算した2009年末の家計部門の正味資産は2,039兆円で、日本全体の正味資産(国富)は約2,712兆円あるらしい。国債も国民の資産の一部であるから、国民の純資産に対する割合は、924÷(2,712+924)≒25%だ。純資産100万円当り25万円と考えれば、負担できないほど大きな金額だろうか。
金融システムさえうまく機能すれば、国の”リストラ”とセットで国に対し国民が債務免除をするのも一案ではないか。「借りた金は返す」のは人間として最低限の道徳だが、「借りた金が返せなくなることもある」のが人間社会の性である。企業にできることが国にできないのは、制度上の問題だけでなく、貨幣価値や信用経済の存続そのものに係るからであろう。「国の債務免除」の方法を、真剣に考え始めませんか。
伊東 良平