新型インフルエンザ特別措置法案への懸念 --- 外岡 立人

アゴラ編集部

強毒性の新型インフルエンザ流行に備えた特別措置法案が3月9日閣議決定され、今国会で成立する。

概略は以下の通りである。


・法案では、強毒性の新型インフルエンザの全国的な流行が、「国民生活・経済に重大な影響を及ぼすおそれがある」と明記された。

・流行時には首相を本部長とする政府対策本部が、緊急事態を宣言し、流行の深刻化が予想される場合には、同本部が予防接種の「対象者と期間」を定める規定も盛り込んだ。政府は最悪の場合、原則として全国民を対象とした予防接種実施を想定している。

・最悪の場合の死者数は64万人としている。

・都道府県知事の権限も強化する。具体的には、住民への外出自粛や学校の休校、集会の制限を要請できることや、医薬品や医療機器を取り扱う企業などが物資の売り渡しを拒否した場合、強制収用を可能にした。

・新型インフルエンザの発生時に政府は医師に診察を命じることが出来る。

本部長は首相で良いが、側に専門家が控えていて、絶えずレクチャーする必要がある。

しかしながら、正しい国内外の情報が官邸に真っ先に入り、スムーズな意志決定が行えるかどうかは、現状では疑わしい。東日本大震災でそれは実証済みである。

最も重要な、米国のCDC長官のような真の医科学的責任者が見えていない。現在、世界のH5N1鳥インフルエンザの状況を官邸ではどの程度認識しているのだろうか?

一部のロビイストだけの話だけでストーリーが組まれていると危険である。

以下、筆者が気になるポイントを羅列した。

・誰が、どの医師に、診察を命じるのか?

・集会の制限の医科学的根拠は、資料としてどの程度提示できるのか?

・世界で新型インフルエンザが発生した際、誰がその発生を迅速に確認するのか?(全てをWHO任せにするのではないとは思うが。)

・季節性インフルエンザワクチンでも効果が疑問視されている現状で、新型インフルエンザワクチンを国民全員へ接種を強制することは疑問である。インフルエンザに対するワクチン効果について、詳細に分かりやすく説明する必要がある。

・そもそも発生新型インフルエンザが全ての年齢層で全く免疫がないことが想定され得るのかどうか?H5N1鳥インフルエンザは、高齢者にはほとんど感染していない。これは即ち、H5N1ウイルスが過去に発生したインフルエンザの抗原を一部共有していることを示唆する。スペインインフルエンザでも同様の事が言われている。

・遺伝子変異H5N1インフルエンザウイルスを作成したオランダのロン・フーシェ教授は、「季節性インフルエンザに対する免疫を持っているフェレットには、作成ウイルスは感染しなかった」という興味深い事実を発表している。すなわち、季節性インフルエンザに感染した既往のある人は、H5N1インフルエンザに感染しないか、しても軽症に終わる可能性がある。

・インフルエンザワクチンはこの数年以内に、全てのインフルエンザウイルスに効果を示す万能型ワクチンが海外企業で開発される可能性が大きい。もし万能型ワクチンが開発されたら、新型インフルエンザに対しても有効となる。早ければ3年以内に開発可能な企業も出ている。

・危険性の高い新型インフルエンザが流行し出す可能性がある場合、早期に国民が抗インフルエンザ薬を服用出来る態勢も必要である。H5N1ウイルスに関して言えば、現在使用中の薬剤は発症48時間以内なら奏功する。先のパンデミック時における英国のオンラインサービスでのインフルエンザ薬配布体制は、ある意味で参考にするべきである。

・どんなに病原性が高くてもインフルエンザウイルスの感染は飛沫物で広がる。感染者周辺2メートル以内に近づかなければ、理論上、ウイルス感染は防止出来る。集会の方法を考えると、必ずしも全ての集会を禁止する必要はない。

外岡 立人
医学ジャーナリスト、医学博士


編集部より:この記事は「先見創意の会」2012年3月27日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。