年金積立金は、本当はいくら残っているのか? --- 鈴木 亘

アゴラ編集部

積立金推移2

積立金推移1

AIJの騒ぎが続いている為か、厚生年金基金の代行部分を含んだ「公的年金の積立金」は本当に大丈夫なのか、一体今いくらあるのか、と思い始めた国民が多いようだ。

そのせいか、先日(3/15)、毎日新聞朝刊「これが言いたい」欄に書いた拙稿「将来の破たんから目を背けた議論は談合だ 年金「積立制」の検討を急げ」が思いのほか、反響を呼んでいるようである。


特に、「5年前の06年度に厚生年金と国民年金を合わせて約150兆円存在した積立金は、11年度末には110兆円近くまで取り崩される。この40兆円もの取り崩しは全く「想定外」のものである。このままのペースで進めば、28年度には積立金が枯渇する。仮に景気が潜在成長率に急回復しても、筆者の試算では30年代には枯渇が避けられない。」という記述に、今さらながら驚いた方も多いらしく、「本当なのか?」とマスコミ等からの問い合わせがひっきりなしである。

しかし、私が約150兆円から110兆円近くまで取り崩されていると言っているのは、私が勝手に作ったいい加減な数字ではなく、厚労省自身が公表している数字なのである。下記に詳しく計算方法は述べているが、とりあえず、公表資料は以下のものである。これに、GPIFの運用損等を調整すると、ほぼ5年で40兆円を取り崩していることがわかる。厚生年金基金の代行部分は含んでいない。

○第1回社会保障審議会年金部会資料「資料2 基礎年金国庫負担について」(p14「年金積立金及び取り崩し額の推移」)

マスコミからの問い合わせの中には、厚労省のシンパも多く(厚労記者クラブ所属の”取り込まれた”記者達が多い)「100年安心プラン」の厚労省予測をまだ信じ、「公的年金の積立金はいまだに150兆円あるはずだ」とか、「積立金の取り崩しなど起きていない」という人がいる。また、「どこをみれば積立金の正確な額が分かるのか?」、「厚労省発表の資料は、白書と審議会の資料で数字が違うがなぜか?」といった質問も多い。

確かに、厚労省は最新の積立金残高を発表しているのだが、非常に分かりにくく、見つかりにくい場所で公表している。また、その数字も、今騒ぎになっている厚生年金基金の代行部分を含むものであったり、それを除く年金特別会計の数字であったり、GPIFの運用残高であったり、定義がまちまちなので分かりにくいことおびただしい。国民に真実が知らされないように、わざと分かりにくく、複数定義のものを公表しているとしか思えない状況である。

そこで、冒頭に示したグラフは、現時点で可能な限り詳細な統計に基づいて、2006年度から2011年度までの正しい積立金の推移をみたものである。先日の毎日新聞の記事とは異なり、厚生年金基金の代行部分も合わせた金額を提示している。比較しやすいように、2004年の年金改正「100年安心プラン」や2009年の「財政検証」時の予測値も併せて表示している。

これをみると、厚生年金基金の代行部分を含めても、2006年度末に165.6兆円あった国の年金積立金(厚生年金+国民年金)は、2011年度末に125.7兆円となるから、差し引きでほぼ40兆円取り崩されている事実は変わらない。そして重要なことは、「100年安心プラン」の時には想定されていなかった「想定外の40兆円取り崩し」が起きていることである。2009年の財政検証でもここまでの状況は想定されていない。

もしこのままのペースいけば、2028年ぐらいには積立金は底を突く。今後、景気回復でデフレを脱却し、マクロ経済スライドが発動したり、保険料収入が増えると想定しても、とても100年は持たないことは明らかだ。私が予測している2030年代の枯渇は、どんどん現実的になっているように思われる。

しかし、先日、報道ステーションSUNDAYで対論した小宮山洋子厚労大臣は、100年安心どころか「100年以上安心です」と断言する始末だ。彼女がその根拠として挙げた財政予測は、3年以上前に計算された2009年1月の財政検証の数字である。ちなみにこれは、リーマンショックの統計が含まれず、4.1%もの高率の運用利回りを今後100年近く想定するなど、AIJ並みの粉飾決算が行われている。もちろん、東日本大震災の影響も全く入っていない。

だいたい、民主党は、この2009年の財政検証を粉飾決算だとして「100年安心プランは崩壊している」と批判し、抜本改革をして年金財政を維持可能なものにするとして政権を取ったはずだ。今頃、政権交代前の3年前の数字を挙げ、「年金財政は100年以上安心だ」と言っても、誰が信じるのだろうか。小宮山大臣は頭がおかしくなったのではないか。

正しい現状認識に立ち、国民に現状を正直に見せねば、改革は不可能であり、年金財政の維持も不可能だ。正しい現状認識に立っているのは、橋本徹市長率いる大阪維新の会だけである。AIJがきっかけになり、公的年金の財政状況に再び国民の関心が向くことを願う。

下記、詳細な統計の出典と計算方法について説明をしておく。

1)まず、厚生労働省が行っている最新の公的年金の積立金残高は、下記資料にある。厚生年金と国民年金を合計した金額である。厚生年金基金の代行部分の金額は含まれていない。

○第1回社会保障審議会年金部会資料「資料2 基礎年金国庫負担について」(p14「年金積立金及び取り崩し額の推移」)

ただし、2011年度の112.9兆円という金額については元本のみの増減を計算しただけで、2011年度に発生したGPIFの運用損を入れていない。また、この時点では3次補正で戻った2.5兆円(一次補正で震災復興予算に借り出されていた)が含まれていない。そこで、これらの金額を差し引きする必要がある。

2)GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の2011年度の運用結果は下記にある。現在(10-12月期)までのところ、今年度は2.9兆円のマイナスが出ているのでこれを差し引く。
平成23年度第1四半期運用状況

平成23年度第2四半期運用状況

平成23年度第3四半期運用状況

3)最後に、厚生年金基金にある厚生年金の代行部分の金額を加える。これは、下記の資料にある。

厚生年金基金の財政状況等(平成18年-平成22年度)(p5, p6)

厚生年金基金・最低責任準備金から、純資産が責任準備金未満である基金の積立不足額(継続基準)を差し引いた金額を1)、2)で計算した金額に加える。2011年度の積立金見込み額は、現在のところ分からないので、2010年度末の数字がそのまま維持されているとする(本来はもっと少なくなっているはずであるが)。

4)ちなみに、2004年改正の「100年安心プラン」や、2009年の財政検証で予定されていた積立金残高の推移は、下記資料にある。厚生年金と国民年金分を合計する。これには、厚生年金基金の代行部分が既に含まれている。

○「平成16 年財政再計算結果等について- 厚生年金保険 –」(p.58)

○「平成16 年財政再計算結果等について- 国民年金(基礎年金)」(p.48)

平成21年財政検証結果レポート-「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し」(詳細版)-


編集部より:この記事は「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」2012年3月29日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった鈴木氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)をご覧ください。
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