『鉄腕アトム』の世界とベーシックインカム

駒沢 丈治

ベーシックインカムについて、経済学を専門とする方々とはちょっと違った視点から考えてみたい。

子供のころ手塚治虫の『鉄腕アトム』を読んで、「じゃあ人間は何をして暮らしているんだろう?」と不思議に思ったことがある。知性を備えたロボットが人間の代わりに掃除し、荷物を運び、店員を務める社会。労働の大半をロボットが受け持つ社会。そこに人間の仕事は、あまり多くはないはずだ。


担任の先生はちょっと困った顔をしながら「人間は毎日趣味を楽しんでいるんでしょうね」と答えてくれたが、納得はできなかった。労働は苦痛を伴う(場合がある)一方で、生活の糧をもたらしてくれる。「働かない」ということは無職、つまり無収入ということだ。「じゃあ、どうやって食べ物を買ってるんだろう?」と新たな疑問が浮かんだが、口には出さなかった。

科学技術の進歩は人々を過酷な労働から解放してきた。作業の一部を機械に置き換えることで、生産性を高めてきた。

同時に、科学技術は人件費の削減にも使われてきた。高度に機械化された工場はほとんど人間を必要としないし、農業の進歩はわずかな労働者で広大な農地を耕すことを可能にした。たいていの企業にとって「人間を雇用しないこと=利益」なのだから、それは自然な流れだ。

もちろん、どんなに科学技術が進んだとしても「機械に任せられない仕事」や「人間しかできない仕事」はあるだろう。政治家や研究者、音楽家、作家、スポーツ選手、風俗業。警官や軍人、医師や教師、裁判官もロボットに任せるのは難しい。

しかし、こうして改めて考えてみると「人間にしかできない仕事」というのは意外に少なく感じるし、それに就くためには相応のスキルや才能が求められる。誰でも、というわけにはいかない。

『鉄腕アトム』の世界はまだ夢物語だが、AIや自動制御技術は日々進歩を続けている。少しずつ「労働の大半をロボットが受け持つ社会」に向かって進んでいるように私には見える。そこで再び最初の疑問。いつの日か高度なロボットが大量に現れたとき、人間はどのような手段で糧を得るのだろう?

解のひとつになりそうなのがベーシックインカムだ。企業はほとんど人間を雇用しないで収益を上げる一方、その多くを税金として納める。政府はそれを一律に再配分する。これならば、ある程度の格差は生じるが、ロボットという「奴隷」によってもたらされる富を社会全体で享受することができる。

いろいろと問題が指摘されているベーシックインカムだが、これからも科学技術が進歩を続けるのであれば、いずれ「必要とされる労働人口の極端な減少」「働きたくても仕事の絶対量が無い」という理由で導入を検討する日が来るかもしれない。

でなければ、未来はもっと極端な格差社会になるように思う。

駒沢 丈治
雑誌記者(フリーランス)
Twitter@george_komazawa