書評:サムライと愚か者-暗闘・オリンパス事件 --- 山口 利昭

アゴラ編集部


サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件
(山口義正著 講談社1400円税別)

久しぶりに「一気読み」してしまいました。オリンパス事件に関心のある方には必読の一冊であります。


著者の山口義正氏は、オリンパス事件が世に出る発端となりましたFACTA誌にて、初めてオリンパス事件の記事を書いたジャーナリストの方です(元公社債研究所アナリスト、元日経新聞記者。オリンパス社への質問状の原稿も、この方が書かれています)。この山口氏と内部告発をしたオリンパス社員(もちろん本書では仮名)の「告白」シーンから本書は始まります。ジャーナリストの山口氏さえ、告発者のつぶやきに本気になるまで1年を要しています(それほど、オリンパス社の粉飾、ということは信じがたい事件だったということなのでしょう)。

多くの新事実が本書に出てくるので、書評として書きつくすことはできないのでありますが、まず本書を読み、当ブログでも既述のとおり、オリンパス事件は多くの社員が知っていた、ということを確信いたしました。本書で明らかになるのは、複数の内部告発者が存在したこと、そしてどの内部告発もオリンパス事件発覚において重要な役割を担っていた、ということであります。また、山口氏も最後のほうで記しておられるように、重要な社内メールが「cc」でたくさんの幹部社員に届けられており、筆者の言葉を借りるならば「ミニ菊川」とも言うべき幹部社員が数十人規模で存在していた、ということ。そうでなければ複数の内部告発者が出てくる、という事態は考えられないわけでして、やはり本件は「組織ぐるみ」と考えるのが正しいと思います。

ただ、私もきちんと整理していなかったのですが、「不正なM&AやFA報酬で巨額の資金が流れている」という不正を知っていた社員が多かったようですが、それが「飛ばしによる損失隠しの解消のために行われていた」という点まで知っていた社員がどれほどいたのか……ということについては、いまだよくわからないところであり、本書を読んでも、そこはハッキリしませんでした。また、FACTA誌が追及しているときに、週刊朝日に「先を越される」事態となりましたが(オリンパスの不正な資金流出が、実は損失飛ばしと関係がある、という点)、「悔しかった」という山口氏の感想が述べられておりますが、なぜ週刊朝日がすっぱ抜いたのか?という点もナゾのままであります。

本書を読み、多くの示唆をいただきましたが、3点のみ感想を述べさせていただきます。ひとつは、オリンパス事件とは、多くの偶然が重なって不正発覚に至ったという点。山口氏と告発者との出会い、FACTA編集長との出会い、ウッドフォード氏が温泉旅行に出かけたときに、同行した知人がたまたまFACTA誌の記事を読んでおり、これを英訳をしてもらい、これがウッドフォード氏の目に留まったこと、更なる内部告発があったこと、アメリカ人僧侶との出会い、ウッドフォード氏と菊川氏との密約違反の事実が発生したことなど、どれかひとつが欠けても「損失飛ばし事件」は世に出なかった、ということであります。また、こう考えますと、筆者が言うとおり、オリンパスは本当は債務超過の状態にあり、これを「官製粉飾決算」として、いまだ「なあなあ」の状態に保存しているのではないか、との疑念が湧いてまいります。本日(4月2日)の日経新聞ニュースでは、金融庁が開示検査として、上場会社の「のれん」の過大計上を重点的に調査する方針であることが報じられておりますが、まさに筆者も、この事件について「のれん」の計上を最大の論点として位置づけておられます。

次に、オリンパス事件というのは、後出しジャンケン的な発想を極力回避して考えてみると、「反社会的勢力と著名企業との癒着」ということへの関心が、不正発覚への強力な後押しになったのではないか?という点です。当初問題視されたのは、国内3社の買収代金、英国ジャイラス社の買収に伴う過大なFA報酬がケイマンの得体のしれないファンドに流れたことです。この事実が「オリンパスと反社会的勢力との癒着」への妄想を駆り立てことが告発者や筆者、そしてウッドフォード氏の追及の意欲を高めたのではないでしょうか。また、ウッドフォード氏解任後に英国やアメリカで連日大きく報じられたのも、オリンパス社と反社会的勢力とのつながりが連想された事件だからではないかと。これがもし、最初から「損失飛ばしスキーム解消のための資金還流」といった構図が判明していたとすれば、ここまで海外メディアは大きく報じていたでしょうか?(こういった事件の読み方をされた方はいらっしゃらないかもしれませんが、どうでしょうかね?)

そして最後になりますが、ウッドフォード氏は、菊川氏、森氏を追及する時点で、最初から彼らに辞任を求めるのではなく、「手打ち」を考えていたフシがあります。つまり菊川氏が形だけの取締役会のトップに収まり、自身が名実ともにCEOになることで合意したそうでありますが、その後、英文開示情報では「ウッドフォードがCEOに就任した」とオリンパス社のHPで公表したのみで、日本語ではこれを開示しなかった、とのこと。これに不信感をもったウッドフォード氏が取締役辞任を両名に求め、その後の自身の解任につながったというもの。ということは、ウッドフォード氏も、純粋な正義感だけで動いていたのではなく、オリンパス社の損害が最小限度に収まるように、不正な海外への資金流出問題を丸くおさめようと考えていたのではないかと思えてきました。けっしてウッドフォード氏を悪くいう意味ではなく、大会社の経営者であれば、そのように考えるのも自然ではないか、と。いや、これは私が本書を読んだうえでの感想ですので、このあたりはお読みいただいてから、皆様の評価にお任せしたいと思います。

本書の面白さは当ブログでは書き尽くすことは困難ですのでご一読をお勧めいたします。いずれにしましても、本書は日本のメディアへの痛烈な批判が随所に「事実を示しながら」登場してまいります。FACTAの編集長の方も、「FACTAだけでは事件が消えてしまうかもしれないから、もっと大きなメディアに売り込んでみては?」と山口氏に提言するのでありますが、残念ながら他紙では相手にしてもらえない、というのが実情。本書はおそらく売れると思いますが、さて、各新聞や雑誌が本書を取り上げるのかどうか、とても興味のあるところです。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年4月3日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。