日本の電子書籍については周回遅れでもたつき、出版点数が極めて貧弱な状態で、それが利用の拡大を阻んできました。日本がもたついているうちに、その電子書籍で、起こるべくして起こった衝撃的で、電子書籍市場を揺るがしかねない出来事が起こっています。世界的なベストセラーの「ハリーポッター」が電子化されたのですが、その価格が安いだけでなく、アマゾンも、アップルも通さず、作家が直接販売を始めたのです。それはなにを意味しているのでしょうか。
ハリポタ電子書籍化の衝撃 出版業界の常識覆す3つの理由 (1/4ページ) – SankeiBiz(サンケイビズ) :
つまり、アマゾンやアップルは既存の書籍市場を破壊するイノベーターで、その流通の主導権争いをやっているわけですが、作家が直接販売を行なうことは、その仕組みすら揺るがす脅威になってきます。
サンケイビズの記事で岡田敏一記者は、「ダム決壊」だとし、その衝撃について3つのポイントを指摘しています。一点目は、ベストセラー作家は電子出版になると小売業よりも優位な立場になれること、二点目は、このハリーポッターは作家自身が出版しているのもかかわらず、著作権保護よりも、どの機器でも読める読者の自由度を優先したこと、第三点目は、全世界の公共・学校図書館計約15000館に無料配信を始めたことです。
つまり、電子書籍は書籍ビジネスを揺るがし破壊しかねないイノベーションであるだけでなく、電子書籍で生まれ、形成されてきた流通体制すら揺るがす要素を本質的にもっていることを物語っているように思えます。まさに創造的破壊のパワーが潜んでいる分野です。
そうやって見てみると日本の場合はどうでしょう。著作権の主導権を握っているのは実質的に出版社側です。しかも日本の出版業界は再販制度で保護されています。書籍に再販制度を認めている国は日本だけではないにしても、作家もこの仕組みに依存しており、作家と出版社が利害を共にしていることは、自炊代行の小さな会社を作家が著作権違反で提訴してきたことが象徴しています。
また返本が自由にできることがさらに書籍流通の低収益体質ともなり、出版社が自転車操業で成り立つ市場となってきてしまいました。
日本の場合は書籍は出版社主導の市場となっていて、既存ビジネスを維持しようとする慣性力が自然強くなっています。電子出版を中心にチャレンジする企業も生まれてきましたが、それに乗る作家はまだ少なく、出版点数は少ないのが現状です。
ハリーポッターの電子本は日本で発行される計画が今のところなく、ジャパン・パッシングとなりそうですが、おそらくそういった日本の出版事情もあるからでしょう。
この構図は、出版業界に限りません。放送も電波利権を与えられており、視聴率では競いあっても、ビジネスの仕組みそのものは競いあいません。新聞社もそうです。
そうだから、イノベーションを積極的に行なう動機も起こらない、イノベーションも海外の状況を見ながら、現実のビジネスからの移行も、できるだけ自社の利益を損なわないように調整しながら、緩やかに行なうことになってしまうのは当然のことです。
その電子書籍ですが、大手出版社や官民ファンドの産業革新機構の出資でやっと電子書籍点数を現在の20万点から5年後に100万点に増やし、2000億円の市場づくりを目指した「出版デジタル機構」が発足しました。しかし、この「出版デジタル機構」そのものが、近い将来、電子書籍市場の力強い成長の足を引っ張る存在になりかねないのではないかと懸念します。
なぜなら、出版社は古い仕組みと新しい仕組みの共存を考えるからです。国もそれをファンドでバックアップすることは基本的に業界保護の姿勢があるからです。官民共同体では、創造的破壊にはつながってきません。自由市場なら古い仕組みと新しい仕組みの競争も起こってきますが、官民共同体はそれをコントロールすることで動きます。
しかも重要なことですが、電子書籍にしてもスマートテレビにしても、ハードだけでなく、通信、またコンテンツ、コンテンツを供給する仕組みなどの総合力があわさって実現されます。プレイヤーとしてコンテンツ側の重要度は高いのですが、コンテンツを供給する側が保守的であれば、市場の立ち上がりも成長もその壁に阻まれてきます。
液晶テレビが惨憺たる状況になっても、次の焦点となってくるスマートテレビへの動きは放送と通信の融合が部分的には起こっても本格化できません。国内で仕組みをつくり、海外展開することも遠い道のりとなってしまっています。
スマートテレビ考 前編(中村伊知哉) – BLOGOS(ブロゴス) :
スマートテレビ考 後編(中村伊知哉) – BLOGOS(ブロゴス) :
それこそハード側としては、海外に開発やマーケティング、あるいは経営の拠点を移さない限り、次のステップとしてのスマートテレビの成功率は低くなってしまい、価格競争から脱出する道にも障害が大きすぎます。
政治家も官僚も成長戦略を掲げますが、今日の成長戦略は古い仕組みからの脱皮、あるいは古い仕組みの代替を要する分野がほとんどです。そのためには、イノベーションを阻害している今の法律や制度を変え、既存ビジネスが起こって来るインセンティブとなる門戸開放が重要になってきます。国が助成し手を差し伸べる方式の限界はこれまでの官民プロジェクトの成果を見れば期待できません。
ソフトバンクの孫社長が、以前、教科書についても法律を変えれば、日本での電子教科書の市場が開けてくると熱く語っておられましたが、国が行なうべきことは業界保護や助成ではなく、法律や制度を変えることです。
電力の議論で、ようやく電力事業への新規参入の壁を破ることが重要であることが認識されはじめていますが、電力に限らず、より自由な競争が生まれる法律や制度の変更が、日本の成長戦略の鍵となってきます。こう書くと新自由主義のレッテルを貼られそうですが、このことは新自由主義以前の問題ではないでしょうか。既得権益を守る保護主義は、長期的には経済活動の活力を奪い、またイノベーションを阻害するのですから。