統計データを検証すると、世の中で思われている常識と違う、ということがよくある。例えば、これほど原発の危険性が世間で叫ばれているが、単位エネルギー当たりの犠牲者数で考えれば、原子力より火力の方がはるかに危険だ。欧米人は日本人と違って何より家族を大切にする、と信じられているが、日本より欧米諸国のほうがはるかに離婚率が高い。また、アメリカは誰にもチャンスを与えられる実力社会だ、などといわれるが、所得階層間の世代を超えた移動は、実はアメリカやイギリスは、世界の中で最もむずかしいグループに入り、他の先進国よりもはるかに親の収入がものを言うのである。
INTERNATIONAL COMPARISONS OF ECONOMIC MOBILITY
BY JULIA B. ISAACS, The Brookings Institution
上の図は、父親の所得が、息子の所得をどれぐらい決定するかを各国で調査した結果だ。この数値は簡単に説明すると、例えば、0.5だと、父親の所得が平均値よりも100%多ければ、つまり平均値の2倍なら、息子の所得はだいたい平均値よりも50%多い、ということを表している。0.0だと、父親の所得は息子の所得に全く影響を与えないことを意味する。ディテールを省略して簡単に数式で表すと、次のβのことだ。
息子の所得 = β × 父親の所得 + α
英米は0.5前後でかなり高い値を示している。つまり父親の所得が息子によく引き継がれている。一方で、カナダや北欧三国は0.2以下で、親子間の相関は非常に小さい。このグラフには入っていないが、実は日本は0.34で、英米よりも、親の所得と子の所得の関係性が低いのである。要するには、英米より日本の方が、はるかに機会平等で実力社会なのだ。
筆者はこれは教育制度に起因していると考えている。英米の学校は、私立が中心で、かなり自由化されている。つまり、いい教育には高い学費が必要なのだ。一方で、カナダや北欧三国は学費は大学まで含めて無料である。日本も、公立の場合、高校卒業程度まではほとんど無料といっていいほど低コストである。
また、英米の名門大学は、日本のようにペーパーテスト一発勝負ではなく、どういう高校時代を送ったのか、スポーツは何を頑張ったのか、ボランティアには積極的だったか、など総合的に資質を問われる。これも多くの人が勘違いしているのだが、こうやって総合的なテストが行われると、名門大学はどこもかしこも個性のない金太郎飴みたいな学生ばかりになる。アメリカの名門大学の学生は、ハキハキとしていて、リーダーシップに積極的で、ボランティアに熱心で、スポーツもやって、といかにもナイスガイという感じの、薄っぺらい人間ばかりで、新卒の採用面接などしていると本当にうんざりする。
その点、日本の名門大学の学生はペーパーテスト一発勝負なので、パチスロにハマっていたり、コミュニケーション障害だったり、リーダーシップどころか友だちがひとりもいないような人間がゴロゴロいて、実に個性的だ。だから、筆者のような人間も楽しく学生生活を送ることができた。
アメリカの大学がすごいのは、こうやって金持ちの親から授業料としてかき集めた金を使って、世界中から著名な学者や、優秀な大学院生をスカウトして来ているからであって、教育が優れているわけでは全くない。あくまで、学術研究の頂点の部分がすごいだけなのである。
貧しい階層から這い上がり、アメリカン・ドリームを掴む、というストーリーには事欠かないのだが、このような極一部の例外的な存在が、アメリカは機会平等で誰にでもチャンスを与える、という幻想を世界中に振りまいているのだ。しかし、実際の所、アメリカよりも日本の方がはるかに機会平等で、誰にでもチャンスがある、ということは知っておいた方がいいだろう。