個室と大部屋 --- 片桐 由喜

アゴラ編集部

■学生寮

勤務校は昨年、創立100周年を記念して、学生寮を立てた。かつて、いくつもあった学生寮は、老朽化や学生運動家の巣窟化などにより閉鎖され、その後、長いこと、再建されることがなかった。

このたびの学生寮建築は、同窓会の財政支援の申し出のおかげで実現した。ただし、同窓会はこの支援に際し、条件を付した。それは寮内に相部屋を設けることである。その理由は、個室だけの寮ならワンルームマンションと変わらない、「同じ釜の飯を食った寮仲間は生涯の友であり、相部屋暮らしは人格形成とその後の人生に大きな影響を与える貴重な機会」などである。

しかし、大先輩のこの思いは現代っ子には届かず、昨年の入寮者のうち、4人部屋を希望した学生は皆無であった。1年間の空き室を経て、ようやく、この4月から男子寮4人部屋3室に9名の入寮希望があった。ちなみに女子は個室のみである。


学生たちが4人部屋を進んで希望したのか、今年は竣工2年目であり、空き部屋が少ないことから、やむなく相部屋を選択したのかはわからない。いずれにしろ、相部屋がイマドキの学生に人気がないことは明らかである。小さい頃から個室を与えられてきた彼らにとって、相部屋などは不便で居心地悪い空間でしかないのだろう。

■高齢者施設における個室化

そんな若者が老人となって、突然、4人部屋で暮らすように言われたらどうだろうか。若者世代はもちろん、団塊の世代だって、反発するに違いない。その予兆か、今から20年近く前に、養護老人ホームの4人部屋に入所措置された高齢者が個室を求めて、裁判を提起した事例がある(原告敗訴、最判平5年7月19日)。

もっとも、近年は特養ホーム、グループホーム、等々、介護保険施設では個室化が進んでいる。その背景には、高齢者の尊厳とプライバシーは守られるべきである、彼らには施設に入所しても家庭と同じ雰囲気が提供されるべきであるという思想がある。従来の大部屋は「収容型」施設として、福祉後進国のマイナスのイメージがついて回るからだろう。

確かに、上記裁判の原告のように裁判を提起できるほど、しっかりした高齢者にとって、相部屋が堪えられないのは学生と変わらない。周囲を意識する感覚を持ち合わせている限り、特別な関係以外の他人との相部屋生活は耐え難いことは容易に想像できる。

■大部屋再考

このことは、逆からいえば、他者の存在を意に介さない状態の精神状態に至った場合には、個室は無用ともいえないだろうか。そのような状態、例えば重度の認知症、寝たきりの高齢者が施設入所の場合には、むしろ、大部屋での介護が積極的に考慮されてもよいのではないかと最近、しばしば思う。

個室での介護は、大部屋のそれに比し、多くの人手を要する。要介護高齢者の状態は千差万別であって、それを顧みることなく、一律に個室良しとする風潮は、介護、看護従事者の不足解消の障害となり、さらに言えば、個室は密室ともなりうる空間で、これが高齢者施設内虐待を防ぎきれない原因にもなっている。

かつての大部屋での無神経な介護を反省して、個室が推進されてきた。しかし、超高齢社会を間近に控え、入所型施設のニーズは増大する一方である。施設と介護マンパワーの不足をカバーするために、個室介護のあり方を再検討する時期に来ている、と思う。

片桐 由喜
小樽商科大学商学部 教授


編集部より:この記事は「先見創意の会」2012年4月17日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。