リーンスタートアップが話題になっています。WBS(ワールドビジネスサテライト)までがとりあげたのにはちょっと驚きでしたが(というより日経BPが『リーンスタートアップ』の書籍を出しているので、日経グループの販促だったのでしょう)、ベンチャーや起業家の試みに対して注目が集まること自体は歓迎すべきことです。
リーンスタートアップを知らない、もしくは書籍『リーンスタートアップ』をまだ読んでいない方のために簡単に説明すると、以下のようになります。
この場合のリーン(lean)とは、脂肪が無い、貧弱な様子という意味です。ガソリンエンジンの混合比を空気に対して燃料を少なくすることもリーンと言います。トヨタの有名なかんばん方式(極力在庫を持たず、必要なものを、必要な量だけ、必要な時にジャストインタイムで生産する)のことをリーン生産方式ともいうのも、できるだけ燃料や材料を少なめに供給して、燃焼しすぎたり製品を作りすぎたりすることを防ごうという意図を”リーン”と表現しているのです。
ネットベンチャーにおける材料はお金であるし、製品はソースコードです。ソフトウェア開発の現場でも、このリーンという考え方を容れたリーン開発という考え方が浸透しつつあり、その応用として資金を少しずつ入れて無駄遣いさせず、雇用やオフィスにかけるコストも抑えつつ、成長に合わせて調達をしていくことで成功率を上げるという起業方法をリーンスタートアップ、と呼んでいるわけです。
(リーンスタートアップにはもうひとつ、ピボット(転回)という考え方があり、サービスを作り試してみて、あまりうまくいかなかったら、他の手を考える、という小刻みな試行錯誤を繰り返せと教えていますが、ここではこれ以上触れないことにします)
このリーンスタートアップという考え方に基づくVCとして有名なのがY Combinatorであり、Dropboxなどのメガヒットを生み出したため、日本国内でも多くの摸倣者が現れています。そのためもあり、国内でも業界をあげて、リーンスタートアップ礼賛ムードが漂っています。しかし、日本の起業家までがそれを妄信することはあまりに危険だと思います。
Y Combinatorは確かに成功例を幾つも作りつつあるし、実際インキュベーションのノウハウを論理的な手法にまとめあげています。さらにY Combinatorの関係者たちが主にテクノロジーに明るいエンジニア出身であることも忘れてはなりません。(日本のVCにどれだけの技術者がいるでしょうか?)かんばん方式が製造業のノウハウであるように、リーンスタートアップも本来ソフトウェア開発のノウハウであり、Y Combinatorが優れているのは彼ら自身が技術集団であるからです。トヨタが作っているのはクルマであり、Y Combinatorが作っているのは優れたスタートアップ企業です。
しかし、思うにかんばん方式がトヨタにとっては最良でも、下請け業者にとっては必ずしもそうではないように、リーンスタートアップが投資する側にとっては最小のリスクで最大の成果を挙げる手法であっても、起業家側にとっては必ずしもそうではない、という事実にも目を向けるべきです。リーンスタートアップは、VC側の論理であり、シードマネーを大規模投資が入るシリーズAの時点で高い評価額で回収するというメソッドです。だから起業家にはその後が用意されていない、後は自分で考えろというわけです。起業家側でみると、必要なときにできるだけ大きな金額を集めたベンチャーが生き残り、成功していますが、最近ではこうした幸運に与れるのはソーシャルゲーム関係企業だけです。
日本はクルマが売れなくなって久しく、若者のクルマ離れがささやかれていますが、車自体に魅力があるとかないとかの問題以上に、税金などの法外な維持費が車を持つモチベーションを削いでいることを認識すべきです。同じく、米国に比べて日本のベンチャー市場が大きく弾けることができないのは、ベンチャー企業自体の魅力の有無だけでなく、起業家を取り巻く環境の未整備によるところが大きいと思います。
ともあれ、リーンスタートアップは、あくまで投資側の論理であり、起業を目指す者がそれを鵜呑みにして礼賛するのはナンセンスです(正しい方法論であることには間違いないとしても)。若い起業家には起業するハードルが下がったように思えてよいのかもしれませんが、そこをゴールにしても意味がありません。学生時代の思い出作りならば、それもよいのですが、人生を賭けて勝負する真の起業であるならば、流行の”用語”に踊らされることなく、考えるべきはシードマネーの得方ではなく全体的な資本政策を通じての資金調達にあることを再認識するべきです。リーン、というのはメーカーや投資側の認識であり、起業家のメリットとは時として相反するものだと意識したうえで、よいところを抽出して自分たちに役立てることを考えなければなりません。
ー小川浩