今、改めて、日銀の金融政策について考える。
日銀法には、通貨及び金融の調節を行うことが日本銀行の目的のひとつ(三つのうちの、あとの二つは銀行券の発行と信用秩序の維持)であり、これを行うに当たっての理念は「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」とある。この金融の調節、つまり、人々が盛んに議論する(その多くは日銀を非難する)、経済成長に影響を与えるための金融政策について考えよう。
人々は何をそんなに熱く議論しているのか。国民経済の健全な発展にする、ということ理念を批判しているのか。もちろんそうではない。そこはほとんど議論の余地がなく、その理念を達成するための手段について議論しているのだ。国民経済の健全な発展のために何をするべきか。
ここでは国民経済の健全な発展を、長期的視野におけるGDPの安定的な成長、と考えよう。私自身は、GDPではなく、失業の最小化あるいは雇用の持続的な質的量的拡大、といいたいところであるが、それはまた別の機会にしよう。
GDP成長のためには何が必要か。マクロ経済学の教科書的に考えれば、消費、投資、輸出の増大ということになり、ケインズ的に言えば有効需要の増大ということになろう。これらの増大は、バブルではだめで、持続的な長期的安定成長でないと意味がない。
まず、輸出。単純な順番に考えよう。輸出が増大するには、海外市場の日本の財・サービスへの需要が増大しないといけない。需要が増大するためには、日本の財の魅力が高まるか、価格競争力が増すか、どちらかだ。
金融政策が関係するのは、価格で、為替が弱くなり、コストとしての賃金と物価が下落すれば、価格は下落する。もちろん、為替は、一物一価が成り立つように、この後者の物価下落を調整するように動くから(購買力平価理論、PPP)、打ち消しあう部分もあるが、しかし、為替は財市場と金融市場の両方の影響を受けているから、金融市場の要因で為替が弱くなれば、為替と物価水準は独立の変数になりうる。
したがって、金融政策により、為替を弱くし、物価水準と賃金水準を引き下げれば、輸出は増える。したがって、輸出による経済成長へのルートは、円安、物価、賃金下落ということになる。しかし、賃金下落は国民経済にプラスではなく、また円安の長期的な効果はプラスとマイナスとあるので(一般的には長期にはマイナス、短期にはプラス)、理想的な政策は物価の下落ということになる。
次に、投資であるが、設備投資など実物投資が増大するのは、その財の需要の強さに呼応するものであるから、消費または輸出が伸びることによる。一方、投資のコストが下がった場合も設備投資は相対的に有利になるから、投資コストの低下、つまり、借り入れコスト(あるいは出資などのエクイティコスト)が低下することによる。金融政策はこれに対しては、借り入れ金利が連動する長期金利の低下を促すことになる。日銀が直接実物投資に対して融資するということも理論的にはあり得るが、これまでは一般的には望ましいこととはされていない。
為替は、輸出のための設備投資を考えれば、円安方向が望ましいことになるが、長期的に考えると、円安となるとグローバルベースで見た日本企業あるいは日本全体の資産総額が減少するので、総資産ポートフォリオの一部として日本へ振り向ける投資額も減ることになるから、マイナスの面もある。
さて、消費はもっとも難しい。所得あるいは資産が増加すれば消費は増加する。所得の増加のためには、賃金が上昇するか、あるいは物価が下がり実質賃金が上昇する必要がある。一方、資産は、為替が強くなることにより、グローバルベースの資産額が増大するか、金利が低下することなどにより、国内金融投資が増大する結果、国内金融商品価格(株や債券など)が上昇することにより、資産が増大することになる。
借り入れ金利と長期金利の低下の関係などについては、手段に関してさまざまな議論がありうるので、これはまたの機会としたい。
以上をまとめると、持続的な経済成長のために必要で、金融政策として可能なことは、賃金水準の低下を伴わない物価の下落と、金利の低下などによる実物投資資金の確保である。金融政策として金利を引き上げなければならないのは、財市場でのインフレが起こるか、資産市場でバブルが起こるか、あるいは為替が下落するか、いずれかの要因である。したがって、これを防止しなくてはならない。
これをまとめると、物価の下落、財市場のインフレ防止とは物価の安定であり、資産市場のバブル防止とは広い意味での長期的な信用秩序の維持であるから、日銀の目的の記述は極めて真っ当にこれを集約しているのである。そして、為替については、短期的には弱いほうがいいが、長期的には逆であり、金利引き上げを招かずにすむということであれば強い通貨であることが望ましく、したがって、為替については直接目標を設けないのが正しく、実際に、日銀の目的に為替は入っていない。
したがって、オーソドックスな金融政策は物足りなく見えるかもしれないが、巷で提唱されている過激な刺激策は、長期的な経済の発展を阻害するものなのである。