噛み合わない派遣切り論争 ---- 古舘 真

アゴラ編集部

2009年初頭の大不況は労働者の大量解雇に繋がったが、「派遣切り」なる言葉が多用されマスコミが盛んに「派遣切り」を非難したが、派遣労働者である私は疑問を持った。

派遣切りの定義

関連する言葉に「雇い止め」と「契約切り」があるが、「雇い止め」と「契約切り」の意味はほぼ文字通りだ。

「雇い止め」は「雇用期間が満了したが雇用契約を更新されない場合」など合法な場合も含めた雇用中止の総称。

「契約切り」は「契約の雇用期間が満了していないにも関わらず一方的に契約を打ち切る」意味が一般的だ。
「派遣切り」については「雇い止め」の意味と「契約切り」の意味で使う人が混在している。

2009年に北海道新聞の大々的派遣切り批判を見て当初「雇い止め」と解釈していた私は派遣労働者でありながら「合法な行為まで糾弾するのはやり過ぎだ」とむしろ派遣会社に同情していたが、最近読んだ記事では「契約切り」の事を派遣切りと称しているらしい。

「これじゃ話が噛み合わない筈だ」と感じてインターネットで定義を確認すると統一された明確な定義は存在しない様だ。

これが問題の第一点だ。日本には曖昧な定義が多いが、例えばセクハラであればどうしても微妙な例が多くなるのはある程度理解できる。

しかし、派遣切りの定義を統一できない理由は何なのだろうか。

定義の曖昧さが誤解を招く大きな理由の一つになっている。

格差社会と貧困問題

格差社会と貧困問題なる言葉もよく使われた。

住居を失い派遣村に収容された人もいた事から思われたらしいが、それも大きな勘違いだ。

派遣労働は同じ労働なら非正規労働の中ではむしろ給料が高い場合が多い。派遣切りで路頭に迷った人に中には工場労働者が少なくなかったが、条件が良い募集が多かった。

私もアルバイト情報誌を読んで大企業の正社員並みに給料が貰えて寮や食堂が完備して生活費が安いという条件に心が揺れた。

中には自分が住んでいる部屋を引き払った人もいただろうが、思ったほど給料が良くなくて突然解雇され寮を追い出されたので一部の派遣労働者が路頭に迷ったのだろう。

また、派遣村なる施設に収容された人に占める派遣社員の割合は2割程度に過ぎなかったそうだ。

雇用者全体の2%に過ぎない派遣労働が格差社会の元凶のように言われるのは間違いだ」という経営側の主張は正論だ。

どう考えても失業者などをはじめとする無職の増加の方が格差拡大に貢献していると思う。

究極のピンハネシステム?

派遣労働者は派遣会社と派遣先の両方から金を取られる事から派遣労働をピンハネのシステムと思う人が少なくないが、「直接雇用にすれば雇われている会社だけに上納すればよいので、労働者の負担も減り給料も上がる」訳ではない。

そもそも派遣会社は人材探しや労務管理を代行しているのであり、企業が直接雇用した場合はそれらの金や時間を自分たちで全て負担する事になる。

労働者からすると「労務管理費などの負担金を徴収される会社が二ヶ所になったから負担も二倍になる」訳ではない。

派遣会社を使う方が全体としてはむしろ労働者側の負担が少ない場合も少なくないし、そうでなければ雇用主だって派遣会社を利用せず直接雇用だけにするだろう。

この様な意見は経済学者の八代尚宏氏も主張しているが、彼を企業の御用学者と決め付ける人も少なくないようだ。

派遣労働者の主張

派遣切りに端を発する話については労使双方側の主張が共に的外れな例が多い。

例えば派遣切りされた派遣労働者の意見に「俺たちが汗水垂らして働いている時にあいつら(経営者)豪華なランチを食いやがって」という話があったが、自分の金を何に使おうと自由だ。

経営者側の例としてはこの頃、日航の社長が自ら志願して年収を900万円台にした事が話題になった。社員食堂で昼食をとり電車で通勤し街頭でビラを撒くなどの行為が話題となったが、これは格差・貧困ブームに便乗した宣伝行為かもしれない。大企業の社長が立派に仕事をしたのなら年収を何十億円だろうと堂々と貰えばよい訳で、業績を検証せず給料の安さだけに注目したマスコミにはレベルの低さを感じた。

派遣労働者としての主張を集約すると「労使共に権利と責任を明確化すべきだ」という事だ。

我々は世をすねて生きている訳ではないし不当な扱いを受けた訳ではない派遣労働者にまで同情されても却って迷惑に過ぎない。

その一方で不当な解雇をした企業に対してマスコミや行政は「けしからん」というだけで特に糾弾する訳でもなく大したアクションを起こしていない。

違反した企業には厳しい制裁を加えると共に派遣労働の存在が社会にとって有益である事を認識し、より発展させるべきだと思う。

これは私の解説するサイトある作家のホームページ>社会科学>派遣労働問題を考えるを編集したものなので興味のある方はそちらをご覧頂きたい。

古舘 真