闘うコンプライアンス─敵は行政だけではない(景表法問題) --- 山口 利昭

アゴラ編集部

ここ2週間ほど、コンプガチャ規制に関する騒動がマスコミやSNSを駆け巡りました。私はゲーム業界やソーシャルゲームによる事業経営に精通しているものではありません。それでも先週二度ほど本問題をエントリーいたしましたところ、たいへん多くの方に閲覧いただき、メールやコメントにて、多くのご意見を頂戴し、また私自身の基本的な認識の誤り等もご指摘いただきました。

本件は、ゲーム産業の騒動に留まらない、重要な企業コンプライアンスの問題を含むものと認識しておりますので、改めてここまでの意見を書き留めておきたいと思います。


前のエントリーでも書きましたが、これほど行政の事前規制の代替手法がうまく功を奏したケースはなかったのではないか、と思います。行政当局としては100点満点の効果ではないかと。

コンプガチャは景表法違反の可能性が高いとの見解が示されると報じられると、グリー社、DeNA社を中心に、コンプガチャ廃止決定が次々とリリースされました。まるで各企業とも、消費者庁から一斉に排除措置命令が出されたかのような風情です。一社も「我々は違法だとは思っていない。もし消費者庁から何らかの処分が下れば断固闘う」といった姿勢を見せる企業は存在しません。

とくにこういった企業対応を責めるわけではなく、高度にコンプライアンス重視の経営が進むと、こうなるのだなぁと実感する次第です。

こういった状況のなかで、おそらく行政当局としては、大手を振って自身の見解が絶対に正しいものとして示され、そこに大きな権威付がなされることになろうかと思われます。

このたびの現象に味をしめて、おそらく消費者庁だけでなく、どこの行政機関も、今後同様の「正式な事前規制なき代替規制」によって各企業の営業活動への束縛を強めることになろうかと。なんといってもコンプライアンス経営重視の時代、業界団体や取引先企業の行動(コンプライアンス違反企業とは取引はできない、違反企業は業界団体として協力できない)によって、争いたくても争えない状況に立ち至ってしまうわけです。あたかも行政だけが相手方であるかのように思えるわけですが、実は「コンプライアンス」を錦の御旗として、利害関係者の行動によって事業の継続性に支障を来す事態に追い込まれてしまいます。これは本当におそろしい状況です。

しかしJFKさんも指摘されるとおり、コンプガチャの違法性については、あくまでも行政による見解であり、常に正しいとは限らないはずです。行政は国民の生命・身体・財産に対する安全を保護する立場にあります。

したがって「国民の生命、身体、財産の安全にとって、何か被害があっては遅い」という視点で物事を判断します。そうなりますと規制(行政の見解)は拡大傾向(権利侵害的)になるのが当然です。とくに今回のように営業の自由の侵害に向けられた場合、その萎縮的効果が非常に気になるところです。こういったケースでは、司法判断を得る機会が付与されることで権利救済が図られるわけで、憲法上の裁判を受ける権利も保障されます。

しかし、司法で救済されるべき行政による事前規制が縮小され、これに代わるソフロトー規制全盛の時代になりますと、裁判で権利が救済される意味も失われ、結局行政による恣意的な営業規制に歯止めがかからなくなります。

事後救済的見地からの思いつきでしかありませんが、やはりこういった行政当局からの圧力に対しては、企業側としても(当面は従うことはやむをえないものと思いますが、今後の事業継続のためにも)十分な法的判断を要するものと考えます。当然、消費者庁との継続的な審議の場が必要ですし、毎度同じことを申し上げて恐縮ですが、比例原則、平等原則、多事考慮の視点から行政当局の対応について吟味する必要があろうかと思います。

比例原則

まず弊害を除去する目的としてコンプガチャ規制廃止は過剰な規制にならないか? もっと他に、緩やかな規制はできないのか? という問題です。消費者庁が詳細なガイダンス等において、景表法違反とそうでない事業活動との境界線が明確になれば良いのですが、もしそうでないとすると、今後も業界団体等においてこの境界線を検討していく必要があると思います。ただし、コンプガチャ規制は行政当局にとっては必要最小限度の規制と考えており、もし公式な処分が出されると、その周辺領域にまで規制が及ぶ可能性があることも考えておかねばならないところです。たとえば本日の日経ヴェリタスの記事にもありますように、ビンゴ形式など同様に課金を促すシステムは無数にあり、規制対象がコンプガチャ以外に広がる可能性があります。そうなると、各企業とも業績への影響がどの程度なのか計り知れません。

平等原則

次に同様の規制対象行為は他の業界にも存在するのに、なぜゲーム市場だけなのか? という問題であります。ゲーム業界だけが景表法の対象となることについて明確な理由があるのかどうか、ここがはっきりとしなければ他の業界も、萎縮効果が発揮され、自由な営業活動が過度に自粛されてしまうのではないでしょうか。たとえばコメントでDMORIさんが指摘しておられるように、なぜダイヤルQ2の規制の件と今回は異なるのか? 課金制度そのものにこそ問題があるのではないか? 携帯電話会社にも国民の被害拡大に関する共犯的な責任があるのではないか? という問題にも明確な回答が必要になろうかと思います。

他事考慮

これは「警察と消費者庁との縄張り争い?」といった記事を紹介されている迷える会計士さんのご指摘が象徴的です。本当は課金制度にまつわる射幸性の高さや未成年者保護が問題であり、パチンコ規制と同様に規制すべきとの行政当局の真意があるのでは? といった問題であります。警察行政の手法として、一定の網(形式的、軽微な違法状態の存在)をかけておいて、政治的思惑をもって、ピンポイントでターゲットを絞り、別件を追いかけていく、という手法。たとえば賭博性の強さを規制するために、もしくは未成年者保護を主たる目的とするために(コンプガチャについては30代~40代が利用者の主流なのに)景表法を問題とするといった問題です。

本問は、各企業がコンプライアンス経営を重視する傾向にあるなかで、その企業の姿勢をうまく活用して行政目的を実現するという新たな事前規制代替手段の広がりを検証するために、きわめて興味深い事件です。被害者の会等によって、被害者の方々がゲーム各社に対して訴訟を準備していると報じられています。事後規制(権利救済)の世界において、コンプガチャの違法性が明確になるのかもしれないが、被害者が民事的に救済されることと、行政法的に問題が指摘されることとは論点が異なります(コンプガチャが違法だと認定されたからといって、民事上の契約が無効になり返還請求が認められるとは限りません)。

むしろ企業がコンプライアンスの美名のもとに、過度に事業活動を自粛したり、他者を批判することに伴う経済活動への影響こそ、これからの大きな課題だと認識しております。この課題を企業自身が克服していかなければ、被害者救済だけでなく、事前規制の分野でもますます「弁護士の飯のタネ」を増やす結果になってしまい、企業のコストは増える一方であります。そういえば、最近「コンプライアンス上の問題行為あり」として、企業と対立する役員の告発事件が続発しております。そういった事件の代表的なものを、そろそろ取り上げてみたいと思います。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年5月14日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。