本日(5月24日)の日経新聞で「不正会計防止へ監査基準」の見直しが行われる、との記事が目に留まりました。相次ぐ企業会計不正事件への対応として、金融庁は監査人の引き継ぎやリスクの高い企業への監視体制の整備など、企業の不正行為に対応する手続きを新たに定めるそうです。
不正の芽をつかんだとき、会計士は最善を尽くすためにどのような手続きを踏むべきか議論を深めたい、との金融庁幹部の方の発言が掲載されております。おそらくこの議論は、運よく会計士が不正の芽をつかんだ場合のことを想定しているのであり、「監査人は不正の芽をどうやってつかむか」という点についての議論にまでは発展しないのでは? と考えてしまいます。
会計不祥事を想定した場合、この「不正の芽」を監査人がつかむことは結構むずかしいはずです。なぜなら不正の芽といっても、誤謬(ごびゅう)の芽との境界線はあいまいなわけで、不正の芽らしきものを発見したとしても、まずは誤謬の芽として取り扱うのが「会社との信頼関係維持のため」にも無難だと思うからです。誤謬として会社側が認めて、訂正してくれればそれで一件落着にしてしまうのではないかと思います。
※ここでは「不正」とは故意に虚偽の記載をするもの、「誤謬」とは不注意で虚偽記載をするものを指しています。
不正の芽をつかんだと確信できる場合としては、社員からの内部通報や内部告発によって不正の端緒が監査人のもとへ(運よく)届くのが一番確実かもしれません。しかし、通報を受領するような場合でさえ、たとえばオリンパス事件を例にとっても、1998年に初めて損失飛ばしの通報を受けたA監査法人さんは、どこまで対応できたのか、2011年にウッドフォード氏の告発文が送られてきたS監査法人さんは、これをどう受け止めたのか、その対応のむずかしさは申し上げるまでもないと思います。
ましてや、監査人自身が「不正の芽」に気づく、というのは至難の業かと。今の監査制度を前提とするならば、健全な懐疑心をもって監査業務に従事している場合、不正の芽以前に、誤謬の芽に気づくことのほうに監査人として細心の注意を払うのが普通ではないでしょうか。遡及修正に関する会計基準や経営者見積もり、将来予測に関連する会計基準の適用を前提にして経理担当者が決算書を作成しているかどうかのほうが、よほど監査人としては注意を向けなければならないように思います。確率的には圧倒的に誤謬による虚偽記載リスクのほうが高いと思いますので、現場の監査担当者は誤謬を見逃すリスクのほうが実務的な感覚としてはコワイと感じておられるのではないでしょうか。また、監査法人内の品質管理担当者も、現場から上がってくる報告においても誤謬の芽のほうに注意が向くのではないかと。
会計監査人による不正対応につきましては、(監査役制度と同様で)新たな規則を制定するよりも、いまある制度がなぜ監査人によって行使されないのか、その機能不全の構造的な欠陥を見つけるほうが妥当ではないかと考えています。たとえば会計監査人異動時の意見表明制度はなぜ使われないのか、金商法193条の3はなぜ行使されないのか、なぜ監査人と監査役の連携はうまくいかないのか、といったことをまず検討することが不可欠だと思います。
編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年5月25日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。