表現の自由と風評被害

山口 巌

読売新聞の伝える所では、福島産牛肉を鹿児島産に偽装…元精肉店長を逮捕との事である。

福島県産の牛肉の産地を鹿児島県産に偽装して販売したなどとして、大阪府警生活環境課などは28日、大阪市此花区の精肉店「福田屋此花店」(閉店)の元店長・沓掛博司容疑者(62)を不正競争防止法違反(原産地偽装)の疑いで逮捕した。

農林水産省によると、昨年7月、牛肉や餌の稲わらが放射性セシウムに汚染された問題が発覚し、福島県産の牛肉価格は3分の1にまで落ち込んだ

「羊頭狗肉」と言うのは随分と古い言葉である。多分、人類が商売を覚えてこの方、ずっとこう言う事をやって来ている筈である。従って、事件そのものには大して驚かない。

しかしながら、改めて注目させられるのは、矢張り「福島県産の牛肉価格は3分の1にまで落ち込んだ」の件である。何も畜産業に拘わらず、どんな商売であっても販売商品が従来の3分の1ではやって行けない筈である。生活費を稼ぐ為に投げ売りをしているとしか思えない。

この背景にあるのは「風評被害」と思う。成程、マスコミの使命は「事実」を判り易く国民に伝える事である。そして、日本国憲法第21条に依って表現の自由は保障されている。

1.集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

問題は、マスコミが利益を得る為にどうしても殊更に国民の「不安」や「恐怖」を煽り、人工的にマスを作りに行く事である。これが、風評被害の根底と思う。

例えば、「毎日5KGの福島県産牛肉を50年間食べ続けたら多少癌になる確率が上昇する」程度の話を端折って、「福島県産牛肉を食べたら癌になる」と思わす様な報道を垂れ流す。

これ接した、80才を超えた高齢者が福島県産牛肉の購買を止める。従って、価格が三分の一に迄下落する訳である。福島畜産農家の難儀を思えば、決して笑える話ではない。

言うまでもなく、表現の自由は民主主義を構成する極めて重要な要素であり尊重されねばならない。しかしながら、原発事故で被災した地区住民を、二次被害とも言える風評被害が追い打ちをかける様な事は決してあってはならないのも、今一方の事実である。

その為には、地域行政や農協は、地区住民や組合員の生命と財産を守る為、不適切な報道に対し訴訟を躊躇すべきではないと思う。

昨年11月、ニューヨークでOccupy Wall Streetのテントをニューヨーク市警が強制撤去した事に対する、ニューヨーク高等司法裁判所の判決は日本でも参考になるのではないだろうか?

NY高等司法裁判所、結局はズコッティ・パークでの抗議活動は許可を与えつつ、テントなどを持ち込んだ泊まり込みはNY市が採った禁止措置を認めております。憲法第1条の演説の自由を認めつつも、安全面や衛生面を重視したNY市の主張をとる、見事なバランスを取った結論を与えたといえそうです。

日本でも同様に、マスコミの表現の自由は保障しつつも、福島被災民の生命と財産の保護を重視する地域行政と農協の主張を認める様な、バランスの取れた判決が出るのではと期待する。いずれにしても、最早これ以上風評被害を放置する事は許されない。

山口 巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役