ベーシックインカム、見果てぬ夢

駒沢 丈治

前回「『鉄腕アトム』の世界とベーシックインカム」を投稿したあとに、「キヤノンがロボットだけでデジカメを生産する完全自動化ラインを構築する」というニュースが流れた。人を雇わないことが利益になる以上、自動化やロボット化の流れは今後も続くだろう。またそうでなければ、日本は生き残れないとも思う。


「脱人間」はロボット化しやすい工場から始まるが(というか、大昔から始まっている)、いずれはサービス業にも及ぶ。高度なAIを備えた端末や“アトム”のようなロボットが登場すれば、現在は難しいと思われている業種でも人間の一部、あるいはすべてを機械に置き換えることが可能になるだろう。そして無人のシステムやロボットが普及すればするほど、失業率は高まるはずだ。

「だったら、新たな雇用を創出すればいい」「人間にしかできない仕事をすればいい」は正論だが、簡単にはいくまい。そうそう新しい産業が生まれるわけではないし、誰もが豊かなタレントを持っているわけでもない。また「人間にしかできない仕事」というのは、実はそれほど多くはないように思う。

前回も書いたように、こうした変化に対応するもっともよい手段は、おそらくベーシックインカムだ。また昨今問題になっている生活保護もまた、ベーシックインカムによる解決が最善であると思う。「自由な競争」と「ベーシックインカムを基盤にした社会保障」を組み合わせることによって、貧困や犯罪による社会不安を最小限に抑えることができるかもしれない。

……と、ここまではベーシックインカム礼賛になってしまうが、その一方で私は「ベーシックインカムは必ず破綻する」とも考えるようになった。

ベーシックインカムは「すべての人に財を与えて救済する優しい制度」ではない。「個別の保障を廃して一本化し、その利用を各自に任せる突き放した制度」だ。給付金をどう使うかは自己責任。なかには自堕落に使ってしまう者もいるだろう。給付金をギャンブルで失ったり詐欺で巻き上げられるなどして、路頭に迷う者がいるかもしれない。また、ベーシックインカムだけでは賄いきれない高額の医療や介護を必要とする人もいるはずだ。そのとき、どうするのか?

流れは単純だ。まず医療が別立てにされた時点で、歳出は大きく膨らむ。「都会と地方、同額でよいのか」という議論も起きる。「これでは生活できない。○○(被差別的な理由ならなんでもかまわない)で大変なのだから増額してほしい」という要望が次々に寄せられ、「見殺しにはできない」「彼らを救うのが人の道」という「心優しい人々」が声を上げる。そして救済を約束する政治家が現れ、追加的な保障制度ができあがる。

ひとつ例外が認められてしまえば、その後は雨後のタケノコのように新たな保護が誕生し、複雑怪奇な社会保障制度が甦る。際限のない保障を求める有権者と、それに迎合する政治家によって給付額は増え続け、いつしか莫大な支出となるだろう。行き着くところはいまと同じ。慢性的な財政赤字と巨額の債務だ。

ベーシックインカムは優れた仕組みだが、運用が難しい。国民が合理的に判断できることが、まず第一の条件だ。……が、ここしばらくの出来事を見る限り、我々はあまり合理的ではなく、むしろ感情や脊髄反射で動く人たちが多いように思う。税と社会保障は表裏一体という大原則を理解せず、「たくさんもらえるなら、そのほうがいい」という単純な動機で投票する有権者が多い社会では、おそらく破綻は避けられない。

ベーシックインカムはひとつの理想形であると思うが、感情で動く人々や単純な正義を振りかざす人々が多い社会では、見果てぬ夢だ。結局我々は、税と社会保障が複雑に絡み合う現在の枠組みの延長線上で、なんとかやり繰りを考えるしかないだろう。

駒沢 丈治
雑誌記者(フリーランス)
Twitter@george_komazawa