デフレは不況の原因ではない

池田 信夫

一昨日の記事に、まだまだ変なコメントが来るので、超初歩的な解説をしておこう。こういう有象無象が何を勘違いしても実害はないが、自民党の政治家にも誤解が広くみられるからだ(経済学の知識のある人は読む必要がない)。


よくあるのは藤井聡氏のように「デフレで物価が下落すると収入が減る」という話だが、これは錯覚だ。収入が1%減ると同時に物価が1%下がれば実質的な収入は同じだから、予想されたデフレは実体経済には何の影響も及ぼさない。工学部の教授である藤井氏が、こんな算数もできないはずはないだろう。

もう一つよくある勘違いは、江田憲司氏のような「価格が下がり続けるということは、モノ、サービスよりも貨幣への選好が強い。すなわち、モノやサービスを買うのを手控えて、お金を持っていた方が良いと消費者が考えるからだ」という話だ。みんなが物より金を好んで貯蓄するから不況になるというのだが、そんなことはありえない。

毎年1%ずつ物価が下がるとすると、名目金利=実質金利+インフレ率だから、名目金利も1%下がり、実質金利2%の国債の金利は1%になる。その金利で資金需給は均衡するので、不況にも好況にもならない。市場は江田氏のような素人とは違って、デフレを織り込んで動いているのだ。

デフレが実体経済に影響を及ぼすのは、物価が一様に下がらない場合だけである。たとえば賃金に下方硬直性があって物価だけが下がると、実質賃金が上がって消費は増える(ピグー効果)。他方で実質賃金が上がると企業収益が圧迫され、失業が増える。どちらの効果がマクロ的に大きいかは、先験的にはわからない。

名目金利にも固定性があるので、デフレになると一時的に実質債務が増えるが、これは借り換えで解消される。また名目金利はゼロ以下にならないので、自然利子率(均衡実質金利)がゼロ以下の場合には実質金利(ゼロ+デフレ率)がそれより高くなり、「意図せざる金融引き締め」が行なわれる。この流動性の罠がほぼ唯一のデフレの弊害だが、金融政策では是正できない。自然利子率(投資収益率)を上げるしかない。

ゆるやかなインフレが経済調整を容易にすることは事実である。金融緩和が容易になり、実質債務も軽減される。一時的に実質賃金が下がって失業率が減り、企業収益が上がる。しかし長期的には名目賃金も上がるので、持続的な景気刺激効果はない。これが自然失業率の理論である。

だから不況はデフレの原因になるが、デフレは不況の原因ではなく、「デフレスパイラル」も起こっていない。ゆるやかなインフレが望ましいことは確かだが、それは経済調整を容易にするだけで、不況を好況にする効果はない。今の日本で最大の問題は、物価水準ではなく成長率の低下である。