日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)の元執行役員が、インサイダー取引容疑で逮捕された、とのこと。最近のインサイダー事件といえば「増資インサイダー」が話題となっておりましたが、こちらはここ数年の典型的なTOBに絡むインサイダー事件であります。ただ、自らはインサイダー取引によって利益を得ていない情報提供者を立件するというものです。当ブログでもしばしばとりあげました「西友インサイダー事件」でも結局情報提供者の立件は困難でありました。ということは、このたびの日興コーディアルの件については、捜査機関の並々ならぬ意欲を感じさせるところであります。
インサイダー取引に関する法律的な問題点をここで議論することは控えまして、本日はインサイダー取引が、果たして組織における「法令遵守」の徹底によって防止できるものかどうか、ということについて考えてみたいと思います。
今回は、昭和59年に三井住友銀行(当時の住友銀行)に入行し、同期の出世頭として日興コーディアル証券の執行役員として出向していた人が逮捕された、ということのようです。なぜ顧客に未公表のTOB情報を流していたかというと、以前銀行員だったころに、この顧客(金融業者)とは仕事上の付き合いがあり、融資を受けたいという法人を顧客に紹介していたようです。その法人が返済を滞らせてしまって、不良債権化させてしまったことから問題が発生し、この銀行員は顧客からクレームをつけられるようになりました。つまり顧客のためを思って、お客さんを紹介したところ、これが裏目に出てしまって顧客とのトラブルが発生したそうで、その顧客の損失を穴埋めさせるために何度もインサイダー情報を提供していた、と報じられています。
(6月26日朝 追記)本日の朝日新聞朝刊の記事によりますと、この元執行役員は銀行員時代、銀行が融資をできない相手をこの金融会社のほうに回していた、と報じられております。ということは、三井住友銀行にとっても、この金融会社は都合がよい存在だったのかもしれませんし、そうであればますます損失穴埋めを銀行側に求めたい金融会社の気持ちも強まるところかと。
インサイダー取引はバレるもの、と冷静に考えればわかるはずであり、おそらくこの元執行役員も、頭ではマズイことをしているといった意識はあったと思います。しかし、反面において、インサイダー取引の片棒をかつがなければ、顧客とのトラブルが現実化することも間違いなかったわけです。ご承知のとおり、金融機関において、顧客とのトラブルが表面化した場合、間違いなく自分の出世街道に影響が出ます。とくにこの元執行役員のように、出世頭としてここまで進んできた者として、ここで顧客トラブルが表面化することは、なんとしてでも避けたい、と考えても不自然ではないと思います。
なにもしなければ間違いなく顧客とのトラブルは表面化し、自分の将来に暗雲が立ち込める、しかしインサイダー情報を提供することによって、顧客が満足し、自分としてもトラブルを隠し通せるかもしれない。つまり、一方は確実に自分にとって不都合な出来事が発生するが、もう一方は摘発されるとたいへんなことになるが、それでも摘発されない可能性もある、ということになります。
そうであるならば、法令遵守の精神を無視してでも、出世街道に残る道を選ぶ、ということも考えられるように思います(もちろん、法令遵守の意識が欠如していることを正当化しているものではなく、有事に至った人間の選択の心理としては可能性が十分にある、という意味です)。つまり「出世街道に残るために、インサイダー取引は摘発されない、という方向に賭けた」ということであります。
いくら法令遵守を徹底したとしても、この「心の選択肢」まではなくならないのであります。法令遵守の研修を積んだとしても、同じような状況に至った社員が「出世よりも法令遵守」を選択するとは考えにくいです。とくに銀行のように「減点主義」によって人事評価がなされるということになりますと、おそらく顧客とのトラブルは、行員にとっては何とか隠ぺいしたいところかと。法令遵守を徹底するくらいでしたら、そもそも銀行の人事評価制度の在り方にまで遡らなければインサイダー防止は困難かと思います。ちょっと極端な言い方かもしれませんが、市場の健全性を確保するためのインサイダー規制は、典型的な事後規制の世界であり、規制を広くしてかつ厳罰で臨むよりも方法はないものと思います。とりわけチャイニーズウォールをどんなに規制してみても、役員クラスのインサイダー情報の提供は防げません。もはや刑事罰の厳格化で対応するしか方法はないと考えます。
編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年6月26日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。