医薬品ネット販売訴訟における司法の政治への辛辣な指摘 --- 平岡 敦

アゴラ編集部

■医薬品ネット販売訴訟で逆転判決

平成18年の薬事法改正に伴い、薬事法施行規則に一般医薬品の販売方法の規制に関する規定が設けられた。この規定は、一般医薬品をリスクの程度に応じて三段階(第一類から第三類まで)に区分し、区分ごとに販売方法を定めている。その規制の1つとして、第一類と第二類医薬品については、ネット販売を禁止するという規定が設けられた。この規定について、医薬品のネット販売を行っていた業者が原告となって、薬事法が予定している委任の範囲を超えており、かつ、憲法22条1項が定める営業の自由を侵害しているとして、国を被告とする行政訴訟が提起された。

この訴訟について一審の東京地裁は原告敗訴の判決(平成22年3月30日)を下したが、控訴審の東京高裁は、平成24年4月26日、原告勝訴の逆転判決を下した(現在、国が上告中)。


■争点 ─ 法律の委任の範囲を超えているか

この訴訟で主に争われたのは、ネット販売規制が薬事法の委任の範囲を超えているかという問題である。

薬事法自体には、ネット販売を規制するという規定はない。具体的にネット販売を規制しているのは、薬事法施行規則15条の4等の規定である。

法令は重層的な構造を取っており、憲法を頂点として、概括的なものから詳細なものへと階層構造をなしている。その末端にあるのが行政庁が法律の解釈運用を行うために制定する政令や規則などである。ただし、行政庁の作る法令で罰則のあるものや国民の権利を制限するものは、法律の委任がなければならず、更に法律が定めた委任の範囲を逸脱してはならないというルールがある(国家行政組織法12条3項)。

この点、薬事法にはネット販売を禁止するという具体的な規定はない。しかるに、厚労省が定めた薬事法施行規則では、一般医薬品のうち第一類と第二類については郵便等による販売を禁止する規定が設けられた。この規定が薬事法の委任の範囲を超えているかが争点となったのである。

■一審の判断 ─ ネット販売規制は委任の範囲内である

一審の東京地裁は、販売方法について規則に委任をしたと考えられる薬事法36条の5及び36条の6の文理(日本語としての意味解釈)や、これらの規定が制定されたときの国会審議の内容を検討して、委任の範囲を逸脱していないという判断を下した。

また、もう1つの争点として、ネット販売規制が憲法22条1項が保障している営業の自由を侵害するのではないかという点についても、侵害しないという判断を行った。

■控訴審の判断 ─ ネット販売は委任の範囲を逸脱している

しかし、控訴審の東京高裁は、以下のような異なる判断をした。

規則に委任をしたと考えられる薬事法36条の5及び36条の6は、単に販売方法の規制の詳細を規則に委任したに過ぎず、その規定からはネット販売規制をすることの委任までは読み取ることはできない。また、国会審議の状況を検討しても、ネット販売に関する議論がされたことは確かだが、規制すべきとの方向で意見がまとまり、それを受けて法律が改正されたとは言えないとして、改正された法律の条文や審議状況だけでは、委任があったとは言えないとした。

そこで、東京高裁は、さらに薬事法の他の規定も見て、薬事法がネット販売規制を容認しない趣旨なのか否かを検討した。検討の結果、薬事法は必ずしも全ての販売類型において情報提供を必須の義務としているわけではないこと、情報提供のあり方についても様々な選択の余地を設けていることなどが分かり、そのことから薬事法が一律にネット販売を禁止する趣旨とまでは言えないという判断を下した。

■控訴審の判断 ─ 人権制約に見合う充分な議論がなされていない

また、ネット販売規制は、憲法22条1項の保障する営業の自由を制約するものであるが、そのような重大な人権制約を行う以上は、国会や行政で充分な議論がなされることが前提となる。東京高裁は、この点についても、国会審議において、ネット販売による弊害やそれを防ぐためにどのような措置が必要なのかといった議論が充分になされたとは言えないとして、このことも法律がネット販売規制を委任の範囲としているとは言えないことの理由の1つとした。

■控訴審の判断の妥当性

このようにしてみると、一審の判断がステレオタイプな行政裁量の幅を大きく見る判断構造に立っているのに対し、控訴審の判断は、薬事法の委任規定の文理解釈や立法過程の議論を子細に検討し、かつ、薬事法の他の規定がネット販売規制と矛盾しないかなどを詳細に検討した上で、緻密な判断をしている。控訴審の判断は、しごく合理的で分かりやすい妥当なものと言えるであろう。

■ネット規制が必要か

しかし、今回の訴訟で問題とされた薬事法施行規則が適法なのかという問題と、一般医薬品のネット販売を規制すべきなのかという問題は、必ずしも完全に一致する問題ではない。訴訟で争われたのは、平成18年の薬事法改正の立法趣旨の中に、ネット規制が含まれていたか否かという、ある意味、静的かつ事後的な法律や立法過程の解釈に過ぎない。

国会や厚労省が行わなければならないのは、ネット販売によってどのような利益と弊害が生まれているのかをつぶさに調査し、その事実に基づいて適正な規制(又は非規制)を行うことである。高裁判決も、ネット専業の業者がある以上、ネット販売規制が重大な人権制約になると認定し、そのような人権制約を行うために必要となる充分な議論がなされていないという判断を行った。これは国会・行政に対する裁判所の重要かつ辛辣な指摘である。このような重大な施策であるにもかかわらず、国会は充分な議論を尽くすことをせず、安易に厚労省に立法機能を委譲してしまった。国会議員は、目先の選挙を睨んでの政争に明け暮れるのではなく、この判決が密かに含んでいる批判に答える義務がある。

平岡敦
弁護士


編集部より:この記事は「先見創意の会」2012年7月10日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。