「いじめ問題」と第三者委員会の活用 --- 山口 利昭

アゴラ編集部

滋賀県大津市の中学二年生の生徒が自殺した事件については、新しい事実が報じられるたびにつらい気持ちが増すばかりです(最近は「伝えられていることが虚偽であってほしい」と願うほどになってきました)。今朝の朝日新聞社会面には「繰り返す不信 過去にも 専門家『第三者の視点を』との記事が掲載されており、学校の調査や対応が不十分なために親たちが不信感を募らせていることから、「子供の人権オンブズパーソン」のような第三者機関によって数カ月ほどの調査が必要だ、といった有識者の発言が報じられておりました。子供の人権オンブズパーソンというのは、兵庫県川西市での取り組みで、子供の相談を調停する市長直属の第三者機関だそうです。すでに関係者の訴訟は係属しておりますが、実際に大津市側としては調査委員会を設置する方向で動いている、と報じられています。


私自身は子供の人権や教育権について詳しく論じるだけの能力も知識もございませんが、こういった第三者機関による調査といいますと、私たちにも関係の深い「第三者委員会」が存在します。以前、当ブログでもご紹介しましたが、平成22年より、大阪弁護士会と日本公認会計士協会近畿会の共同事業として、第三者委員会委員名簿登録制度を立ち上げました。委員名簿登録者研修を受けた弁護士、会計士が、第三者委員に推薦されるための名簿を作成し、企業や団体からの依頼に応じて委員を派遣する、という制度です。これまでまだ数例しかありませんが、この制度の第一号事例が某大学のいじめ問題でした。

某大学に通学していた留学生が2007年に自殺をしたことについて、いじめとの関連性が問題となり、平成22年、留学生の母親から大阪弁護士会に人権救済申し立てがなされました。そこでの救済申し立ての理由は、学校法人がいじめや自殺を防止できなかったこと、調査をせずに3年間も放置していたことでしたが、この人権救済申し立てにより、NHKと産経新聞が、この事件を大きく取り上げることになりました。そこで学校法人側も、社会的反響の大きさからだったと推測されますが、第三者による事実調査の必要性があるとして、この「第三者委員会名簿登録制度」を活用した、という経緯です。学校法人側からの要請で、弁護士三名を含め合計5名の委員会が設置され、数ヶ月間の調査活動が開始されました。

私は当制度の運営責任者だったので、委員の選任等にも少しだけ関与しましたが、本当に委員の方々の頭が下がる誠実な活動によって、最終意見がとりまとめられ、「本件自殺の原因として、いじめの存在を否定できない」「遺族の依頼が明確でないという理由で、本題学がいじめの有無等について調査しなかったことは問題である」といったいくつかの結論とともに、判断理由や再発防止策も公表しました。なお企業不祥事以上に、関係者のプライバシー保護の必要性が高かったため、報告書の全文公開は避け、マスコミ向けには要旨のみ公表ということになりました。

ブログという媒体では、書いても良い範囲が限定されてしまいますので、抽象的な物言いになりますが、当時の委員の方からお聴きしていることは、客観的かつ冷静に事実を調査することには弁護士による調査は適切と言えるが、それでも少し気を緩めると、組織の人間関係の葛藤の中に巻き込まれるおそれがある、ということでした。組織には様々な派閥力学があります。たとえば私立学校という組織であれば、典型的なのが理事長側と学長側に構成員が分かれる、といった具合です。それぞれが自分の派閥の人たちをかばい合う、相手の派閥の人を悪者扱いにする、といった意識が働き、調査に協力的な人たちの話を聞いていて気がつくと、どちらかの派閥にとって都合のよい報告書が出来上がっていた、という危険がつきまといます。また行政調査や警察による調査が並行している場合には、それらの調査との整合性も問題になります。

また会社内における「パワハラ」と同様、どこまでを「いじめ」と断言できるのか、その線引きが調査委員の中でも統一するのがむずかしい、ということです。よく申し上げるところですが、時間軸と平面軸で「いじめ」か否かを決定していくわけですが、加害少年といわれる者のどういった行動があればいじめと言えるのか、半年前までは「けんか」と思われるところの問題が、ここ数カ月で状況が変わり「いじめ」と思われるものに変わってきたのではないか、など、どの時期のどのような行動が「いじめ」と捉えられるのか、第三者であってもその認定が主観的な評価に左右されかねません。明確に恐喝罪や強要罪に該当するような行為があれば悩むこともないかもしれませんが、このあたりは学校側の対応の是非を判断するにあたっても影響を及ぼすところです。

大学と違い、公立の中学校ということになりますと、なおさら憲法第26条の「教育権」との関係で、学校や地方公共団体の取り組みが求められるところであり、全学的な対処が求められることになると思います。こういった問題は、被害者対学校、被害者対加害者といった構図だけにとらわれますと、真の再発防止策は見えてこないと思います。事件が発生した背景、事件が半年も経過してから社会問題になった背景には、思いもよらなかったような複雑な事実が絡んでいるものと推測いたします。人は自分の名誉や地位やお金を守るためにウソをつこうとすると、事の重大性を目の前にして怖気ずいてしまいますが、大切な人を守るためにウソをつくときは、どんなに社会を敵に回してでも心安らかにウソをつき通せることが多いと思います。目をそむけたくなるような、その複雑な事実に目をそむけない者(目をそむけなくても平気でいられる人)による調査こそ、「第三者機関」に求められるところではないかと思います。おそらく調査委員会が設置されれば、その調査対象はかなり限定したものになるかとは思いますが、マスコミで報じられていないような背景事情にまで踏み込んでいただくことを期待いたします。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年7月17日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。