阿川佐和子さんのためのエネルギー問題入門

池田 信夫

きょうはTVタックルの収録(9/10放送)。こういう「容認派vs反対派」の番組は議論としては不毛だが、人々が何を誤解しているのかを知るには役立つ。きょう痛感したのは、阿川佐和子さんを含めて「福島第一原発事故は取り返しのつかない大事故で、これによってエネルギー政策は全面的な転換を迫られる」と思い込んでいる人が多いことだ。宗教的な反原発派を相手にしてもしょうがないので、阿川さんにわかるように説明してみよう。


まず福島第一原発事故は大災害だったのかということだ。メディアが報道した量は多いが、幸いなことに事故の被害は大したことない。地震・津波では1万8000人以上が死んだが、放射能の健康被害は1人も出ないということで専門家の意見は一致している。「16万人が帰宅できない」というのはその通りだが、これは無理な避難による人災だ。こうした2次災害で600人以上の死者が出た。過剰避難こそ原発事故の最大の被害の原因だというのがチェルノブイリの教訓なのに、それが生かされなかった。

私が「原発事故は震災の中ではマイナーな災害だ」といったら彼女は納得してくれなかったが、これは原発事故が小さな災害だといっているのではない。今度、原発事故が起こるとすれば巨大地震のときだろうが、32万人以上が死ぬ中では(死者の出なかった)原発事故のリスクはマイナーなものだといっているのだ。原発の停止で失う年間3兆円以上の費用を、地震・津波対策に使うべきだ。

「原発事故は国土を利用不可能にする壊滅的な災害だ」とか「核廃棄物の最終処理は不可能だ」というのも、科学的に根拠のない神話である。ICRP勧告に合わせて20mSvを基準に帰宅させれば、半分以上の人は帰宅できるが、人々が放射能を過剰に恐れる限り帰宅も最終処理もできない。

「原発がなくても電力が足りる」とかいう話は無意味である。足りようが足りまいが、昨年と今年だけで5.4兆円の国富が流出し、電気代は2割ぐらい上がり、企業は日本から出て行く。「毎日80億円以上をドブに捨てて何が得られるのか」と質問したら、反対派(共産党と世田谷区長と東京新聞のアルバイト論説委員)は何も答えられなかった。

私が「日本で原発の新設はありえない」というと、反対派が「原発は安いといったじゃないか」と騒いだのには笑った。私は原発の燃料費(1~2円/kWh)が火力より安いといったのであって、建設費(特に安全対策費)は高い。「固定費と変動費の違いがわかりますか?」と質問したら、反対派はみんな黙ってしまった。

以上は世界の専門家と同じ意見で、私と同じ側に座った飯島勲さんも石川和男さんも同じだった。ミューラーは「福島事故は予想より小さく、エネルギー政策に影響を与えない」と明言している。ヤーギンEconomist誌も、ビジネス的には原子力に未来はないと結論しており、これは福島事故の前と変わらない。

番組はケンカしている部分だけ編集して半分ぐらいにするのでどうなるか知らないが、たけしは理解しているように見えた。私に声がかかるのは、彼と田原さんの番組だけだ。彼らが問題を合理的に理解しているのは心強いが、阿川さんのような普通の人が納得しないとエネルギー政策は正常化しない。これは感情の問題なので、冷却期間を置くしかないだろう。少なくとも民主党政権では、何も決めないことが賢明だ。