筆者は、現在進行形の金融業界や世界のグローバル・マーケッツ、そして日本経済についての本を最近ようやく書き終えた。来週の金曜日には書店に並ぶはずなので、興味のある方は読んでいただきたい。さて、本書を書くに当たり、筆者は、過去に世界的なベストセラーになった幾つかの類書を読み直していた。そして、現在の金融市場とのひとつの大きな違いに驚いた。これから紹介する本は、どれもウォール街の金融機関がいかに莫大な金額を扱っており、そこで働く人々がどれほどの巨額の報酬を得ていたかを活写し、世界のベストセラーになったのだが、そこで語られる金額があまりにも小さすぎるのだ。ゼロの数がふたつほど少なく、筆者は、ドルとか円ではない、どこか馴染みのない通貨で書いてあるのか、と思ったほどである。
かつてウォール街の帝王と呼ばれたソロモン・ブラザーズで、債券セールスとして新卒で入社したマイケル・ルイスが、在籍時の社内の様子をすべて実名で、事細かに暴露して、世界的なベストセラーになった本である。当時のソロモン・ブラザーズは、住宅ローン担保証券など、まさに2007年からはじまった世界同時金融危機の元凶となる金融商品を最初に開発していたところで、マイケル・ルイスはそういったデスクのセールスだったのだ。いま思うと、金融史のなかでも価値ある本になっている。
そこでトレーダーがセールスに言ったセリフ、「お前は客のために働いているのか? それとも俺達のために働いているのか?」は、金融業界ではとても有名だ。
結局、この本がきっかけで、ソロモン・ブラザーズのグッドフレンド会長は失脚してしまう。
2012年にこの本を読み直すと、出てくる金額の小ささに驚く。ボロ儲けしたデスクの年間の利益が50億円とか100億円とかで、さらに「破格の」給料をもらったトレーダーのボーナスが6000万円とか7000万円である。最近の金融機関なら、ほとんど並程度のデスクと、並程度のトレーダーである。2007年のゴールドマン・サックスの秘書なども含んだ全社員の平均年収は7000万円であった。
マイケル・ルイスは、3年目ぐらいにセールスとしてトップクラスの評価を得たらしいが、その時の給料が2000万円とか3000万円ぐらいだ。拙著にも書いたけど、2007年ごろは、アメリカの名門大学のファイナンス学科のPhDの学生に、初任給で2000万円以上の金額を提示していた。新卒の初任給である。
2.『大破局(フィアスコ)―デリバティブという怪物にカモられる日本』フランク・パートノイ(1997年)
モルガン・スタンレーでエキゾジック・デリバティブのデスクでセールスをしていたフランク・パートノイ氏が書いた本である。パートノイ氏は暴露本を書いてひと儲けした後に、大学で金融学の教授になった。彼が、最後に勤務していたオフィスが東京で、当時は財テクに失敗した日本の経営者が、外資系証券会社と協力して、複雑なデリバティブを使った「飛ばし」をさかんにやっていて、その時の様子がいきいきと描かれている。日本でも話題になった本だ。
しかし、本の帯にデカデカと「2年で10億ドルの荒稼ぎ」と書いてあって、筆者は、その金額のあまりの小ささに驚いた。ひとつの部署でグローバルに年間500億円ほどの利益なら、まあ、悪くないけど、今なら並の成績だ。わざわざ帯に書くようなものじゃない。モルガン・スタンレーのしこたま儲けていたデスクがグローバルで、それだけって、いったい昔の金融機関というのは、どれだけ小さいビジネスをしていたのか驚いた。
3.『LTCM伝説―怪物ヘッジファンドの栄光と挫折』ニコラス・ダンバー(2000年)
ノーベル賞学者と、ソロモン・ブラザーズのトレーダーが作ったヘッジファンドである。破綻して、世界が大騒ぎになったわけだが、その時に失った金は、なんとたったの4000億円だ。
つい最近、サブプライム証券の空売りで儲けた、ヘッジファンド・マネジャーのポールソンというおっさんは、2007年に自分のポケットのために4000億円儲けて、顧客のために1兆6000億円儲けた。
また、つい最近、JPモルガンはクレジット・デリバティブのトレーディングで大穴を空けたのだが、ひとりかふたりのトレーダーで管理するブックで、軽く5000億円近くの金を無くしたが、あまり話題にもならなかった。
再び、マイケル・ルイスのベストセラーである。2年前の本で、ようやく現在の金融業界の本だ。これぐらいになると、AIGが10兆円やられたり、そのデスクの責任者が300億円のボーナスを貰ってから会社を辞めて悠々自適の生活をしていたり、ドイツ銀行のサラリーマン・トレーダーが50億円のボーナスが不服で会社を辞めたりするようになる。
それにしても、どうして世界の金融ビジネスはこれほど膨張したのだろうか? それは一言で簡単に説明できるようなことではなく、いろいろなことが重なりあって変異してきたのだ。マネーゲームのインフレーションは、拙著で書きたかったひとつのテーマなので、詳細はそちらに譲ることにしよう。