あったら怖い社内基準その1「法令違反行為の自主公表基準」 --- 山口 利昭

アゴラ編集部

旬刊商事法務の最新号(2012年9月5日号)では、いよいよ岩原紳作東大教授(会社法制部会長)の会社法制要綱案の解説の連載が始まりました。きちんと勉強しておきたいところでありますが、同号では「日本におけるコンプライアンスの現状と課題」と題する早大の甲斐教授の論稿(アンケート結果分析)も掲載されておりまして、(私的には)こちらにも興味を覚えました。独禁法系、刑事法系からのアプローチが強いアンケートになっておりますが、2004年と2010年の各企業のアンケート回答結果を比較しますと※、なかなか時代の流れを感じます。コンプライアンスの概念や企業の思い浮かべるCSR(企業の社会的責任)とは? といった回答内容はガラッと変わっておりますし、なかにはEU・米国の制度と比較して、日本のリニエンシー(犯罪自主申告制度)に証拠法上の不利益があることを指摘する回答など、非常に鋭いご意見もあり参考になります。
※・・・回答企業数は450社程度


そのような企業アンケート結果集計のなかで、興味深いものが「あなたの会社には法令違反行為に関する自主公表基準はありますか?」との質問に対する回答集計でして、「基準がある」と回答した企業が45%、「まだ基準を決めていない」と回答した企業が50%とのことであります。

え? 45%もの企業が法令違反行為の自主公表基準を持っているの?

と少々驚きましたが、おそらくこれは行政規制において「法令違反または法令違反のおそれがある場合には、申告してください」と指導されている場合に、当該行政当局への報告を想定してのものだと思われます。もしくは上場会社において、適時開示の対象となる発生事実の要件該当性を判断するための基準として形成されているものではないかと。行政処分の対象となるすべての法令違反行為を開示する企業であれば問題ありませんが、軽微な法令違反については公表しない、と考える企業にとっては必要となる判断基準だと思われます。

問題は、行政当局から自主公表を勧められているわけではないけれども、ダスキン事件のように、企業の社会的信用を維持すべき観点から不祥事の公表の是非が問われる場面であります。ご承知のとおりダスキン事件の株主代表訴訟では、違法添加物入り食品を販売した事実を公表しなくても、とくに国民の身体の安全に問題がないような場面であっても、過去の不祥事を公表しなかったことで当時の取締役、監査役に多大な損害賠償責任が認められました。企業にとって有事に立ち至った時点で公表の要否を検討することになりますと、役員の方々には当然のことながら(自らの保身という)バイアスが働くことになりますので「公表しない」といった結論に傾くことが考えられます(これは人間として当然かと……)。したがって、頭が冷静な状態で事の是非を判断できる平時にこそ、不祥事の公表基準をガイドライン的なものとして作っておくべきである、との意見が出てくるところであります。

たしかに企業の社会的信用を維持するため、ということで考えますと、「不祥事公表基準」なるものも、有事における取締役や監査役の適正な行動を担保することに寄与するかもしれません。しかし、ダスキン事件でも議論になりましたが、取締役に不祥事公表義務といったものが認められたわけではなく、リスク管理(内部統制)や信用回復義務といったことが根拠となって取締役の善管注意義務違反が認められたように思いますし、また監査役の責任根拠については、いまだ議論が尽くされておらず、不祥事を公表しないことについて、なにゆえ監査役に善管注意義務違反が認められたのか、実はよくわからない状況にあります。そのような中で、不祥事公表基準も、作ってしまえば立派な社内ルールでありますから、もし裁判になりますと裁判所は厳格なルールの解釈をすることになります。ルールがなければ(限定された範囲かもしれませんが)経営判断に裁量の余地が認められるかもしれませんが、ルールがある以上、厳格な順守を要求され、ルールに少しでも反した行動があれば善管注意義務違反を認定する根拠とされることも考えられます。

法令違反公表基準、ヘルプライン(内部通報規程)、反社会的勢力排除ガイドラインなど、有事を想定して平時に策定される社内ルールを整備することが強く求められる時代となりましたが、いったん作ってしまいますと、厳格な運用がなされることが(役員の法的責任という観点からは)必須となることを肝に銘じておかなければならないところであります。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年9月12日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。※編集部中:リニエンシーとは処分軽減のこと。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。