内部統制がしっかりしている企業ほど大きな不祥事が発生する? --- 山口 利昭

アゴラ編集部

逆説的なタイトルで申し訳ございませんが、企業の社会的信用を大きく毀損させてしまうような企業不祥事を発生させるのは、意外と内部統制がしっかりしている企業ではないか……といった感想を持つことがあります。ちなみに、ここでいう「内部統制」とは、経営管理としての統制プロセスのことを指すもので、経営トップの意思決定が迅速に業務執行の最先端まできちんと伝わる、という意味でございます。


今年1月25日に当ブログエントリー「外から『あやしい』中から『おかしい』の関係」でも触れましたが、大きな不祥事が発生しているのではないか……と外部第三者が「あやしい」と感じても、それを外部から公言するには莫大なエネルギーが必要なわけでして、ましてや組織内部の者が「おかしい」と口に出すにはそれ以上の力を必要とするわけであります。昨年のゲオ社の不明朗取引事件において、「おかしい」と一部取締役が口に出すようになったのも、社内における支配権争いが存在したことに起因しており、またオリンパスの損失飛ばし・飛ばし解消スキーム事件において、外国人社長が「おかしい」と口に出すようになったのも、当時の会長との決定的な対立関係が生じたことによるものであります。さらに今年のアコーディアゴルフ社のコンプライアンス問題も、やはり元専務の方の記者会見が発端でした。こういった事例からしますと、ただ単に「全社的な内部統制は良好である」といいましても、それだけで企業が不祥事を積極的に公表し、自浄能力を発揮することはかなり困難ではないか、と思われます。

ましてやカリスマ的な経営者が存在し、トップの意思決定が末端にまで迅速に伝わるような(まじめな)組織においては、上記のとおり「あやしい」とか「おかしい」と感じたとしても、組織内部の者が、それを口に出すことは至難の業であります。昨年の九州電力賛成意見投稿依頼文書事件(やらせメール事件)の際にも述べましたが、企業としての組織の結束力が強い場合、会社にとって不利益な情報はなかなか外部第三者に伝わることはなく、一枚岩となって不祥事を表面化させることを防ぐのではないかと。先日ご紹介しましたAIJ投資顧問の元企画部長がお書きになった本のなかにも、年金情報誌ではずいぶん前から「AIJの運用は怪しい」と公表されていたにもかかわらず、AIJの役職員としては、社長の普段の言動に全幅の信頼を置いていることから、誰も「当社は怪しいことをしているのではないか?」といった疑念を持っている気配すら感じられなかった、と記されています。リーマンショック時にも、東日本大震災の時にも、AIJが大きな損失を出さなかったことも、「たまたま大きなポジションをとらなかった」という社長の説明に納得していたために、誰も年金雑誌の疑惑記事など問題にしていなかったようであります。

社内抗争などのゴタゴタが発生していない組織において、不祥事の疑惑が持ち上がった場合、すぐに「社内が有事に至っている」などと認識する役職員はいないのが通常であります。その理由は、1. 楽観視「たいしたことではない」、2. 先延ばし「もう少し疑惑がはっきりするまで様子を見よう」、3. 社内常識の優先「なんだか騒いでいる人がいるけど、あの人はちょっと社内では変わっている人だから」、4. 根拠なき確信「あれだけ会社に功績を残した人が、へんなことするわけない」などによって、すでに役職員の心のバイアスが働いてしまうからであります。つまりいくら内部統制がしっかりしていても、役職員の心の働きとして、不祥事発生の可能性を打ち消してしまったり、保身目的が強く意識されるからであります。そうしますと、一次不祥事を発見してなんとか早期に信用回復を図る機会が喪失され、不祥事が大きくなった後に、内部告発等によって発覚する、というパターンになるのが通例かと思われます。

支配権争い等を繰り返していない組織では、内部者が「おかしい」を口に出すことが現実に困難であり、いわゆる「二次不祥事リスク」がどんな組織にも長年存在するのであれば、やはり組織内部の者が口に出さずに有事意識を社内で共有できるシステム(不正の「おそれ」まで間口を広げた内部通報制度+ガバナンス+企業倫理)をもって対処せざるをえないと思います。とりわけ外部第三者からの「あやしい」なる声が上がった場合には、社内の役員には保身目的によるバイアスが働くことが当然のことと考え、せめて会社が有事に至っているのかそうでないのか、冷静に意見が述べられる役員の存在はガバナンス上ではとても重要かと。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年9月13日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。※編集部中:リニエンシーとは処分軽減のこと。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。