すでにマスコミ各紙で報じられておりますが、文豪の方々に愛され続けた東京の名門「山の上ホテル」におきまして、不正配管設置行為に係る(都条例に基づく)過料処分が下されました。同ホテル側も、この事実を認め支払について応諾されているそうであります(たとえば東京新聞ニュースはこちら)。不正配管設置とは、つまり下水道使用料を免れるために、水道使用量を過少に申告していた、という(言葉は悪いですが)詐欺的行動を指します。法人に対する行政罰が都の条例によって規定されていますので、れっきとしたコンプライアンス違反の企業行動であります。
ホテル業界は、とりわけ企業不祥事がブランドイメージを大きく毀損させてしまうことになるわけでして、たとえ不祥事が発生したとしても、自浄能力が発揮されたかどうかは、その信用毀損の程度に重大な影響を与えることとなります。今回の事件では、匿名の情報が東京都に届いたことが発端となり、不正配管が都の調査で判明した、というもの。つまり内部通報ではなく、内部告発によって発覚した、というものであります。こうなりますと不正配管行為より以前から「無届け」で井戸水を使用していた、という事実と併せ考えますと、他者に指摘されるまで同ホテルは隠していたのではないか、といった推測を呼び起こすことになりますので、その信用回復には多大なエネルギーが必要になろうかと思われます。
過去に何度か内部告発人の代理人を務めた経験がありますので、そういった経験からの推測からではありますが、社内の人間が匿名情報を外部に提供する、という場合、最初に内部通報を行ったにもかかわらず、社内で相手にされなかったために、やむをえず外部へ情報提供するケースがあります(愛社精神に基づくケース)。このケースの場合には、組織ぐるみで不祥事を知っていながら握りつぶしてしまう、ということを推測させますので、とても組織の社会的信用を毀損させてしまうことになります。もうひとつは、いきなり匿名による情報が行政当局やマスコミ等の外部に提供されるケースがあります。このケースでは、組織内において支配権争い、労使紛争などの内紛が発生している可能性があります(いわゆる不誠実な目的による告発のケース)。こちらは「組織ぐるみ」とまでは言えませんが、社内がゴタゴタしていることを推測させるものであり、やはり組織のイメージの悪化は否めません。
このように内部告発によって不祥事が明るみに出た場合、いろいろな憶測が社内外で噂されてしまいますので、不祥事発覚後も、発覚に至る背景事情をうやむやにしたい気持ちが強くなります。本来ならば自浄能力を発揮して、社内調査を徹底して、事の顛末を自主的に公表すべきところでありますが、組織内に問題を抱えているケースではこれを公表することもできません。
ところで、今回の山の上ホテルの不正配管設置行為に対する東京都の対応をみるかぎり、名門老舗ホテルであるがゆえに、かなり紳士的に接しているのではないか、と思われます。この井戸水の給水配管を迂回させて下水道使用料を免れる、という不正行為は、すでに全国の施設で行われているようで、たとえば愛知県春日井市におけるスーパー銭湯過料処分取消請求事件判決(名古屋地裁・平成16年9月22日判決)なども先例として参考になります(最高裁のHPにて判決文が閲覧できます)。この事件では、春日井市条例に基づいて、不正配管によって免脱された下水道使用料の3倍の過料を市はスーパー銭湯に課したのでありますが、裁判所は行政罰を科す行政目的からすれば、3倍というのは裁量権の逸脱にあたり、2倍程度が妥当だとしています。今回の山の上ホテルに対する過料処分(使用料の2倍を過料として科す)も、未払い使用料の5倍の過料まで科すことができるにもかかわらず、東京都は2倍の過料にとどめているわけでして、あまり大きな問題に発展させないように、この判例の基準に沿ったところで落ち着かせようとされたのではないでしょうか。
ただ、この名古屋地裁の判決で興味深い点は、スーパー銭湯の不正配管行為自体は巧妙かつ悪質なものであり、3倍相当の過料も相当ではないとまではいえないが、経営者が不正配管を知っていたかどうかまでは不明であり、発覚後は市の調査に積極的に協力しており、また市との間で、未払い使用料や過料の支払い方法について合意が成立していることなどを斟酌したうえで、2倍過料が相当と判断しているところであります。秩序罰としての過料に幅が設けられているわけでして、ここでも企業が自浄能力を発揮することで、過料相当額を軽減させる余地が残されている、ということになります。逆にいえば、これが上場会社などで発生した場合、高額の過料が科される、ということになりますと、不祥事発生後の社内の対応がまずかったために、会社の損害が拡大した、という理屈になりますので、株主代表訴訟が提起されるきっかけになるのかもしれません。
最近は、コンプライアンス経営が叫ばれる中、内部通報制度に基づいて自社で不正を公表するケースも増えおります。そういった時代になればなるほど、内部告発が企業の信用リスクに与える影響、そして企業の役員のリーガルリスクに与える影響は増大していくものと思われます(ちなみみ、上記春日井市のスーパー銭湯の下水道使用料免脱の事件も、内紛が原因となり匿名の情報が春日井市に提供されたことが判決文で認定されています)。とりわけ内部通報が届いたにもかかわらず、これを放置しているようなケースでは、「組織ぐるみ」「経営者関与」の企業不祥事に発展するリスクが飛躍的に高まります。どこの企業でも発生してもおかしくない事件かと。
ちなみに、山の上ホテルさんの対応について、個人的な意見を少しだけ述べさせていただきますが、まずホームページにおける謝罪文には少し首をかしげたくなります※。あまりにも不明瞭な書き方だけに、これでは不正配管事件を知らないホテルの顧客の方々は「食中毒事件でも起こったのだろうか」と錯覚すると思われます(不必要にホテルの信用を低下させることになるのではないかと)。しっかりと謝罪をするのであれば事件内容を書くべきですし、もちろん一切書かないという経営判断もあります(事実、英語ページでは何も記載されておりません)。それともうひとつ、東京新聞からの取材に対してホテルの常務の方が「下水道料金を安くするため、担当の部署が愛社精神で行った」「経営陣は都の調査が入るまで知らなかったが、処分は真摯(しんし)に受け止める」と述べておられますが、担当部署の愛社精神と下水道料金の免脱がどのように結び付くのか、皆目見当がつきません。コンプライアンス違反の行動は、愛社精神をもってすれば許されるかのように思えます。不祥事に対する誠実な対応が見受けられないように思われるのは、名門ホテルの対応としては残念に感じられます。
※・・・・・以前、針金混入事件におけるゴディバ日本法人のHPでの対応についてブログで疑問を呈したところ、翌日に内容が変更されたことがありましたので、とりあえず10月3日未明の段階で山の上ホテルさんのHP上「このたびは、ご心配をおかけし、心よりお詫び申し上げます。今後このようなことが二度と起きないよう、努める次第ですので、よろしくお願い申し上げます」とだけ書かれていることを付言しておきます。
編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年10月3日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。