マイナンバー法の誤解(第2回)~震災時の本人確認の為にマイナンバーが必要である?~

八木 晃二

「マイナンバー法の誤解」シリーズ第2回は、「災害時の本人確認のためにマイナンバーが必要である。」という誤解について解説してみたい。


まず、番号を論じる前に災害時に必要な本人確認について検討をする必要がある。2011年3月11日の東日本大震災の際、津波により、多くの方々が着の身着のままで避難することになった。当然、免許証やパスポートといった身元証明書や、印鑑、預金通帳、キャッシュカードといった預金の引き出しに必要なものを持ち出す時間はなく、あるいは消失、紛失された方も数多くいらっしゃったという。避難先で行政サービスを受けたり、金融機関から預金を引き出そうにも、「自分が誰であるか(身元)」を証明できなければ、被災者支援を受けるどころか、自分の預金を引き出すことさえ難しかったことは記憶に新しい。当時、金融機関は臨機応変な対応により、預金通帳やキャシュカードがなくても10万円以下の臨時支払いを実施したようであるが、それを逆手にとった「なりすまし」による不正引き出しの発生の可能性は否定できない。こういったことから、政府のマイナンバー制度の検討の中でも「災害時の本人確認の仕組み」の必要性が声高に叫ばれるようになり、有識者会議やシンポジウムでも強調されるようになった。

では、そもそも、「本人確認のために必要な仕組み」とは何なのであろうか?ここでいう本人確認とは、厳密に言うと「身元確認」のことである。(「本人確認」の解説は、次稿で行う予定である)「身元確認」とは、例えば夜中に道を歩いていて警察に呼び止められた時、「身元証明書」を見せてくださいと言われたとする(実際は「身分証明書」と言われるが)。運転免許証を見せれば、形質情報(この場合は顔写真)や名前が記載されているため、運転免許証の情報と見比べて本人であると確認してもらうことができる。こうした対面での確認に限らず、たとえばインターネットバンキングの口座開設でも、運転免許証のコピーと公共料金の支払い証明書などを一緒に郵送して、本人かどうかを確認する。これも身元確認だ。つまり、身元確認とは「信頼のできる発行機関が発行した証明書上の形質情報と、目の前の人の形質を確認することにより、その人が本人である。」という確認行為のことである。この身元確認を確実かつ速やかにできる仕組みこそが、「本人確認のために必要な仕組み」である。

「身元確認を確実かつ速やか」に実施するには、まず信頼のできる発行した身元証明書に記載されている名前、性別、生年月日と形質情報(例えば顔写真)のリンク関係の精度を高めることが必須である。そして、人間の形質情報は年月と共に変化し、寿命もあるので、身元証明書は定期的に情報を更新する仕組みが必要となる。さらには身元証明書の偽造防止の徹底した仕組みと、身元証明書をいつ誰に渡したかを管理する仕組みが必要となる。
 そして、「災害時に本人確認のために必要な仕組み」とは、着の身着のままで避難してきた人に対して、上記の仕組みがきちんと機能することである。つまり、ローカルなシステムが被災しても、遠隔地のセンターでバックアップシステムされていること、身元証明書を持っていなくても、目の前の被災者の形質情報から本人確認ができること、である。センターのデータベースに形質情報を保管しておき、被災者が申告した氏名、生年月日を元にデータベースから形質情報(顔写真)を検索し、目の前の被災者と照合することで、その被災者の身元を確認することができるはずである。

では、本論に戻ろう。「災害時の本人確認」の手段としてマイナンバーは有効なのであろうか。巷で議論されるように、マイナンバーを記載したカードを身元証明書として配布しておき、被災した場合に、身元証明書が手元になくても、口頭でマイナンバーと氏名を告げることで身元確認とみなす、といった方策を考えてみる。被災者には、老人や子供も多くいることが想定され、皆が番号を覚えているとは思えない。さらに悪いことに、他人の身元証明書を拾ってしまえば簡単になりすましができてしまう。つまり、番号であろうとカードであろうと、本人の形質情報と結びついていない限り、本人確認の精度はおろか、かえってなりすましを助長してしまうことになりかねない。

つまり、災害時の本人確認の仕組みに必要なのは、忘れてしまうかもしれない番号や紛失してしまうかもしれないカードに依存せず、形質情報から本人確認をすることで、行政や金融機関と着の身着のままの被災者とを結びつけることができる仕組みなのである。マイナンバーで解決できることではない。

ここで誤解をして頂きたくないのは、筆者は、身元証明書が必要ではないと言っているわけではない。それどころか、現在、事実上、免許証とパスポートに依拠している身元証明書制度を、全ての国民が利用できるものに変えていく必要があると考えている。それ自身、重要かつ複雑な課題であり、当初の目的が「社会保障分野と税分野の情報を名寄せするために、個人に付番される名寄せのキーとなる番号」であるマイナンバーで、ついでに解決できるようなものではない。

なお、本論から外れるが、身元証明書にはマイナンバーを記載すべきではない。では身元証明書に記載すべき番号とは何なのであろうか?別に難しい話でも何でもなく、世界中の身元証明書に記載されている番号であり、日本でもパスポートに記載されている番号である。その番号とは、「発行機関が、その身元証明書をいつ誰に渡したかを管理するために券面に付番した券面管理ための番号(券面管理番号)」である。券面管理番号は、発行された身元証明書(券面)に付番した番号であり、個人に付番された番号ではない。例えば、ご存知のようにパスポートは5年あるいは10年ごとに更新が必要だが、更新する度にパスポート番号は変更される。つまり、その番号は、個人に付番されているのではなく、発行された券面に付番されているのである。これは、ICAO(International Civil Aviation Organization )という世界標準で共通化されている。

なお、電子行政先進国と言われている韓国では、当初住民登録番号(韓国版マイナンバー)を身元証明書に記載していたが、なりすまし問題が頻発したため、2013年より住民登録番号の記載を取りやめ、券面番号のみを記載する方針である。にもかかわらず、マイナンバー法案では、先に書いた通り「マイナンバーを個人番号カードに記入し、その個人番号カードを身元証明書として使用する。」ことが前提として議論されている。(ややこしい話だが、マイナンバー法案には書かれていないが、マイナンバーの検討過程では当然の前提事項となっている)

東日本大震災の教訓から、あらためて災害対策を見直すのは極めて重要なことである。しかし、それを奇貨として、当初の検討から利用範囲をいたずらに拡大することは避けるべきである。これは、マイナンバーの制度目的が明確でないがために、様々な誤解が発生し、十把一絡げに間違った制度設計の議論がされている典型的な事例の一つである。次回以降で解説する予定の高齢者所在不明問題についても同様の話である。次回以降では、マイナンバー法案の12条に記載されている「本人確認措置」とマイナンバーに関する誤解、そして「給付付き税額控除」とマイナンバーに関する誤解についても、分かり易く解説していきたい。