石原知事への期待と懸念―その(2)外交への懸念

北村 隆司

石原氏の外務省批判はわかるとしても、彼の国粋主義的な主張がそのまま海外で通じるとは思えない
石原氏は「シナ」とか「三国人」と言う呼称を良く使うが、これは小童右翼ならいざ知らず、国家の指導者の使う言葉ではない。

進んだ社会では、相手を蔑称で呼んで尊敬された例は寡聞にして耳にした事がない。


ウォーターゲート事件の上院査問委員会のメンバーであったダニエル・イノウエ上院議員を「あの、ちびのジャップ」と呼んだホールドマン大統領首席補佐官担当のウイルソン弁護士は、「三国人と言う呼び方は蔑称ではない」と言う石原氏の屁理屈同様、「私をちびのヤンキーと呼んで貰って結構だ」と強弁したが、非難はおさまらず、肝心の弁護依頼者の立場を悪くする効果しか生まなかった。

日本に対する蔑称発言と言えば、2003年の国連総会で、北朝鮮代表部の次席 大使が、日本が同国を正式国名の朝鮮民主主義人民共和国でなく北朝鮮と呼んだ事に反発して,総会場で三度に亘り日本を「ジャップ」と呼び、時の総会議長に「神聖な会議場で、その様な品位を欠く発言は慎しむ様に」と諭され、北朝鮮の信頼を落とした事件もあった。

外交はそこにいたる手段を定め、その手段が国際的な枠組みや許容範囲内で慎重に選択しなければ、外交政策の目標達成は難しい。ましてや、相手の尊厳を傷つける発言は、日本の信用を傷つけるだけで、厳にご法度である事を石原氏は肝に命じて欲しい。

外交には虚実様々ある事は勿論だが、言葉に出ないヒントを敏感に汲み取る能力も必要である。ウラジヲストックで野田首相と立ち話した時に、野田首相を睨み付けた胡錦濤主席の形相は正に異常で、この表情を読み取れずに尖閣諸島の国有化に踏み切った事は、既に実効支配をしている地域の対策としては愚の愚としか言い様がない。

この外交的失敗は、石原知事が外交的には「百害あって一利もない」国内的なパフォーマンスで政府を挑発した事に遠因がある。

その石原氏は、ソニーの故盛田会長と共に1989年に「NOと言える日本」を著した。

当時の日本は強大な経済力を持ち、日本が「NO」と言っても世界は耳を傾けて呉れる時代であったにも拘らず、見境なく札束をばら撒く事を友好外交と間違え「顔の見えない外交」と皮肉られていた。
その様な時代を背景に書かれたこの本は、国民の共感を呼びたちまちベストセラーのトップに躍り出た。

確かに、日本の主張が通り易かったこの時代に、「YES」「NO」をはっきり主張し、もう少し戦略的な外交を展開していれば、北方領土は勿論,尖閣、竹島問題の様相も変わっていたと思うと残念な気がする。

残念な事に、エコノミックアニマルと揶揄されながら築いた「経済大国」日本が、世界の人々に仰ぎ見られた時期は、夜空を焦がす大玉の仕掛け花火の様に短いものであった。

現在の尖閣を巡る世界の眼は、国力の衰えた日本には厳しい。この現実を直視すれば、今の日本に必要なのは、「NO」と言える日本ではなく、諸外国に「YES」と言わせる事が出来る日本である。

そのためには、第二次大戦時代から続く、内外情勢分析の甘さと、独り善がりで不遜な態度を正す必要がある。

盛田氏が、「10分先しか読めないアメリカと、10年先を見る日本の差は明らかだ」と豪語してから、僅か10ヶ月後の1989年11月には、ベルリンの壁が崩壊し、間もなく日本のミラクル経済も、その後を追う事となった。

冷戦時代の終焉を告げるこの大変革を予想していなかった日本にくらべ、当時の米国は、社会主義崩壊が近い事を予測して、着々と準備をしていた。

この事実からも、盛田氏や石原氏に、救いようのない分析の甘さと、奢りがあった事は否定出来ない。
石原氏は本著でも「日本たたきの根底には人種偏見がある。」「日本はアメリカの恫喝に屈するな。」など、今の主張と変わらない檄を並べて、「NO」を奨励していたが、この激しい内容は日本人を鼓舞し、外務省の無能を叱咤する役割は果たしていたが、この戦法は今や時代遅れである。

石原氏の情勢分析の甘さと自惚れは「現代軍事力は技術的優位性、なかんずく電子機器の『鍵・心臓部』である半導体の優位性が決め手で、半導体の先端技術を独占している日本は、米ソの軍事力の要を握っているに等しい」と言うこの本の主張にも表れている。

現在でもこの様な幻覚に溺れ、反米、反中,反韓政策を継続している事は、日本にとっては誠に危険だと言わざるを得ない。

石原氏の「日本はアジアと共に生きよ」と言う主張には同感だが、中韓両国を馬鹿にし、強い反米意識を捨てない石原氏と「共存したい」と思う国が何カ国あるのか、はなはだ疑問である。

尖閣問題での異様とも思える中国の行動にも拘らず、海外諸国は日本人の期待する反応を示さない。これは、日本が「NO」と言っても中々通じない厳しい現実を示しており、今後の日本外交は相手に「YES」と言わせる為の不断の努力が求められている。

言葉遣いは別として、内政的には理に適った発言をする事が多い石原氏だが、内政向けの歴史観をベースにした恫喝調の外交姿勢だけは早急に改めて欲しい。

石原氏が、今回の尖閣紛争からどの様な教訓を受け、自分の外交姿勢をどう切り換えるか? 回答は未だ出ていないが、一抹の懸念は払拭できない。

2012年10月28日
北村 隆司