政府債務が累増する中、市場の期待が急激に変化し、財政危機が深刻化すると突然、国債金利は急上昇する。それでは、PIIGS諸国のように財政危機が深刻化し、国債利回りが高騰した場合、市場が要求する政府債務の再構築の程度はどの程度のものだろうか。
それは、政府債務と基礎的財政収支との関係から考えられる。無限の将来において政府債務を発散させないためには、現在から無限の将来にわたる各時点で発生する基礎的財政収支を、(1+国債利回り―経済成長率)で割り引いた値の累計以下に、現在の政府純債務(対GDP比)をとどめる必要がある。
さらに、政策的に実現可能な基礎的財政黒字(対GDP比)の上限値を「基礎的財政収支の限界」(primary balance limit)と定義すれば、
政府純債務(対GDP比)≦基礎的財政収支の限界(対GDP比)÷(国債利回り-経済成長率) …※
という関係式が成立する。つまり、政府には少なくとも、現在の政府純債務(対GDP比)×(国債利回り-経済成長率)を上回るだけの基礎的財政黒字を生み出す能力がなければならない。
この※式を念頭に置いて、たとえば、政府純債務(対GDP比)が約130%のギリシャのケースを考えてみよう。国債利回り20%、経済成長率1%とすると、※式から、基礎的財政収支の限界(対GDP比)は25%を上回る必要がある。
つまり、同国政府は、基礎的財政黒字をGDP比25%まで引き上げる能力を持っていなければならない(ただし、同国政府にその能力があることは財政破綻を回避するための必要条件に過ぎず、十分条件ではない)。
しかし、25%という基礎的財政黒字は、通常の増税・歳出削減によって到底達成できる額ではない。そこで、ギリシャ政府がその既発債について50%の削減(haircut)を行って、GDP比150%の政府債務を75%まで圧縮するという債務再構築を行うことができたとしよう。
このとき、※式から、同国政府にはGDP比12%の基礎的財政黒字を実現する能力が求められる。この値でも、達成はかなり厳しい。
同様に、イタリア(政府純債務(対GDP比)90%、国債利回り5%)、スペイン(50%、6%)の場合について考えると、経済成長率が1%の場合、政府にはそれぞれGDP比3.6%、2.5%の基礎的財政黒字を生みだす能力が求められることが分かる。この水準は、ギリシャよりは実現可能であろう。
日本はどうか。日本の政府純債務(対GDP比)は約130%だが、国債利回りを2%、経済成長率を1%とすると、日本政府には少なくともGDP比1.3%まで基礎的財政収支を黒字化する能力が求められる。しかし、前述のように、毎年1兆円超のペースで社会保障費が膨張しており、消費税を10%に引き上げても、基礎的財政収支は2020年度においてもGDP比1.4~2.8%程度の赤字になると試算されている(内閣府、2012年)。したがって、さらなる財政・社会保障改革が必要となる。
さらに、※式に含まれている基礎的財政収支の限界は、増税や歳出削減の限界ほか、政治の成熟度や民主主義の理解度の影響も受ける。GDP比1.3%の基礎的財政黒字の達成は今回の増税以上の強い政治のリーダーシップが必要となり、容易に達成できるハードルではなく、状況によっては改革が停滞する可能性も高い。
なお、基礎的財政収支の限界をGDP比1%と予測した場合、※式を成立させる国債利回りの上限は1.8%となる。また、基礎的財政収支の限界をGDP比0%、2%とした場合は、それぞれ1%、2.5%となる。こうした試算結果は、経済成長率が1%程度の状況の下で、市場の期待が突然変化して国債利回りが現在の水準を少しでも上回ると、日本財政が持続不可能に陥りかねない危険性を示唆する。
この点に関連して、政府債務をストック・ベースで見ると、海外投資家の国債保有割合は7%程度であり、9割以上は国内で消化されているので問題はないとの楽観論も聞かれる。しかし、フロー・ベースで見ると、最近では短期債を含む政府債務増加分の3~5割は海外投資家が吸収している。国債市場における海外投資家の存在感は高まっており、国債利回りが現在のように低位で推移する保証はない。市場の自己実現的期待から国債利回りが急上昇する可能性は十分ある。
また、政府債務が急増して財政破綻リスクが高まると、国債のリスクプレミアムも上昇するとの見方もある。しかし、Reinhart and Rogoff (2012)は、政府が過剰債務を抱えていた過去26事例のうち、11事例では、国債利回りは過剰債務でない時期と同じ程度の水準か、それより低い状態にあったことを明らかにしている。
ただし、この事実は、政府が過剰債務を抱えても問題がないということを意味しない。Reinhart and Rogoff (2012)が指摘するように、それは、市場が金利上昇という形で政府に財政規律を迫る前に、猶予期間を与えているのに過ぎないのかもしれない。
何らかのショックで市場の期待が変化し、現在1%程度の国債利回りが4%~5%に上昇すれば、現在約9兆円の利払い費は4~5倍に膨らむ。政府が抱える国債の平均償還年限(デュレーション)は約7年であるから、利払い費が急に増加することはないものの、財政に与えるインパクトは計り知れない。
日本の国債利回りがイタリアやスペインのように5%まで上昇した場合、※式より、基礎的財政収支の限界(対GDP比)は5.2%を上回る必要がある。これは、財政危機が深刻化しつつあるイタリアやスペインの2.5~3.6%を大幅に上回る水準である。
(一橋大学経済研究所准教授 小黒一正)