心配なスマホ世代のコミュニケーション --- 岡本 裕明

アゴラ

10年ぐらい前だったでしょうか、日本のファミレスで若い男女二人がお互いの会話を携帯メールでやり取りしているのを目撃した時、その行動にどうしても理解しがたいものを覚えました。しかし、それをわれわれとの世代の違いという説明で無理やり納得させられたものです。

今、スマホの時代になり片時もスマホから手が離せないという人は相当多いと思います。当地の新聞にアメリカのある調査会社の報告でY世代は繋がっていていたい願望が強いとされています。Y世代とは狭義ではアメリカの1975年から1989年生まれを指すとされていますが、世界中で名前こそ違えど似たような特徴がある世代のようです。日本では氷河期世代とかロストジェネレーションといわれているようです。


ウィキペディアによるとY世代は14歳までの間に冷戦の終結と社会主義の没落に遭遇し、10代にインターネットの普及期を経験しています。更に15歳から25歳の間にテロ事件が社会の背景となっていて政府の経済や社会政策への介入を肯定的に見る者が多いとされています。

考えてみれば韓国でも今回の大統領選挙に関して無所属の安哲秀氏が若者から高い支持率を取り付け、その後、民主統合党の文在寅氏との一本化政策を採りました。選挙直前まで若者が積極的に投票し、高い投票率ならば文在寅氏に分があるとされていましたがその民主統合党はいわゆる中道左派で、アメリカのオバマ支持、民主支持の流れに近いものがあったと思われます。

Y世代のスマホへの依存は寝るときもトイレに行くときも風呂に入るときも歩くときもそしてもちろん、仕事をするときも片時も手放せず、また、テキスト、SNSなどを通じた受信はあきれるほど多いようです。また、受信した分送信もするわけで食べるよりも会話をするよりも仕事するよりもスマホからの受信が何より優先されると言っても過言ではないのでしょう。

繋がっていたいと思う理由は何か、と考えたとき、孤独への不安感なのかと思います。自分のアイデンティティをネットを通じて維持することでその存在感と立ち位置を確保するということなのでしょうか? 一方で世代が違う私はある程度の孤独はまったく問題ありません。ひどいときは数日間、誰ともまったく交流も会話をすることなく過ごしてきましたし、別に今、それが一週間ぐらいあっても多分大丈夫でしょう。要はそういう世代でしかも打たれづよく育ってきたということです。

実を言うと私は電話嫌いで仕事の際は電話は掛かってきても放置することが結構多く、「なぜ電話を取らないのか」と聞かれ「こちらの都合を考えないで電話を掛けてきたのだからこちらも電話を選んで取る権利はある」という暴論を展開してます(笑)。

テキストメッセージは確かに世の中に浸透し、私も最近は電話よりテキストのほうが多いのですが、結局これはYES,NOなど極めて簡単なことのやり取りが中心でこれをやり続けていると多分、思考回路が短絡的になると思っています。そうなればいわゆるディベートなど討論の能力は当然落ちてくるわけで価値判断基準も偏りが生じやすくなるのではないでしょうか?

たとえば先日あったアメリカの小学校銃乱射事件も犯人の社会に溶け込めない性格がそうさせたとすれば社会協調性が欠如し、テキストという短い言葉で意思疎通を行う弊害が間接的に影響したともいえなくはないでしょう。

時代の流れですからスマホを否定することはできませんが、急激に変貌する若者の社会価値観と行動規範の変化に今後、われわれの世代からすれば異次元の想定外のことが起きてくるのかもしれません。数十年後に高齢者になったとき、老人ホームでスマホでテキストを打っているかと思うとオカルト映画よりも恐ろしいような気もいたします。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2012年12月28日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。