アベノミクスは金融緩和・公共投資などの積極財政・成長戦略の3本の矢からなる。3本の矢がきちんと的に当たればデフレは脱却できるはず。それに異論を唱える人はさすがにいないだろう。
にもかかわらず、リングサイドはあいもかわらず賑やかだ。反対派・懐疑派はアベノミクスの実態は金融政策そのものであることを問題視しているようだ。賛成派の多くは3本の矢を前提にしている。この入口の段階からして議論の前提がすれ違っている。
それはとりあえずおくとしても、やはり最大の争点は金融政策の有効性およびその副作用である。
「金融緩和が効く、効かない」「これまで日銀の金融緩和が十分、不十分」などなど、議論は尽きることはない。殴り合いに近い論戦も見受けられる。最近では、反対派が緊急出版により巻き返しに出ているようで、否が応でもリングサイドで熱戦を広げる弁士たちの応酬は盛り上がる。
そこまで激しくなくても、ワイドショー、居酒屋、家庭の食卓でもアベノミクスが身近な話題になることが多くなっている。ムード的には悪くはない。とりあえず、円安ドル高、株高が進み第一ラウンドが終了した段階でアベノミクスは優勢である。気になるのは、ガソリン価格が150円を超えてきたことぐらいか。
とりあえずは順調だしお手並み拝見ということだが、茶の間レベルで気になることを3つ上げておこう。
- そもそも、政権に返り咲いた自民党がこの長きにわたるデフレの最大の責任者であるのだが、うまく日銀を悪玉に仕立て上げたことで、その責任の矛先をうまくかわしたかのように思えること。
- 金融政策さえうまくいけば、国民に直接的な負担をかけなくても済みそうなこと。
- 失敗したら責任を日銀に押し付けることもできるということ。
このあたりの動機がヨコシマそうな点は茶の間からしてみれば気になるところだ。特に、あれだけ恫喝に近いかたちで迫りながら「日銀の中立性は大事だし、きちんと担保されている」というあたり、最後の逃げが残されているように思えてしまう。まさか、そんないい加減なことでないとは思うが、正しい場外観戦には欠かせない視点であることは間違いない。
結局のところ、金融政策は究極のマネーゲームではないだろうか。場合によっては口八丁手の騙しあいも要求される。通貨の信認を失わせないぎりぎりの対応を迫られ、つかみどころのない市場とどう対話していけるかに尽きるだろう。金融緩和をすればデフレは脱却できると学者が簡単に考える程度のものではないことは、容易に想像はつく。
ドルが金兌換をやめた後は、通貨の価値は信任のみで維持されているといってもいい。信任を失った先進国通貨がどうなるかは前例がないことも事実。基軸通貨のドルが刷りまくられているところに、子羊のような日銀がのこのこ参入し、「虚像通貨の世界」をうまく波乗りしていけるのだろうかという不安もよぎる。そうしたことにも思いをめぐらせたうえで、政治家として責任の伴った決断をしていただきたいものだ。
九条 清隆
九条経済研究所主任研究員
九条経済研究所