ニューズウィークにも書いたことだが、バブルは金余りだけでは起こらない。「21世紀は日本の世紀になる」とか「金融技術ですべてのリスクはヘッジできる」といった物語が出てくることが必要だ。日本でそういう物語のお先棒をかつぐのが日経新聞である。きょうの前田昌孝記者の記事は、財界は安倍首相の賃上げ要請に応じろという。
産業界は発想を切り替え、賃上げを起点にして景気の好循環を引き起こすぐらいの戦略性を持ってもいいのではないか。これまでは賃金が下がるから、内需が膨らまない。だから企業は収益を確保するために外需に依存せざるをえず、海外で稼ごうと積極的に動いてきた。[中略]
ところが、賃上げから始まれば、一部は貯蓄されても、商品やサービスに対する需要も増える。企業は脱外需依存の余地が生まれるし、懐に余裕ができた消費者は輸入品も購入する。この結果、為替市場には円安圧力が加わり、企業にはさらなる賃上げの余裕ができる。
この図は、普通の経済学では理解不能だ。企業収益が上がらないまま賃上げしたらゼロサムゲームだから、まず起こるのは企業収益の圧迫であり、次いで雇用の縮小である。デフレの原因は投資需要が減退して企業が貯蓄過剰になっていることだから、賃上げしたらますます「内需」は縮小し、失業率が上昇してデフレは悪化する。そのあとのフローチャートも
内需拡大→脱外需依存→内需が増える
という同語反復である。こういう「賃上げで内需が拡大して企業ももうかる」というのは、春闘で労組のいつも持ち出す話だが、それが本当なら春闘なんかやめて経営側は労組の要求を丸のみすればいい。日経はそれで景気がよくなると本気で思っているのだろうか。
80年代にも日経は「内需拡大」のお先棒をかつぎ、野村証券が「大量に不動産を保有する企業は割安だ」と収益の悪化した重厚長大産業を「内需関連株」としてはやした。こういうとき出てくるのが、「産業界は発想を切り替えよ」とか「パラダイムが変わった」という類の話だ。日経がこういうチョウチン記事を書くようになったら危険信号である。