マイナンバー法の誤解(第7回)~新政権の方向性との整合性の検証~

八木 晃二

マイナンバー法案に関わる動きが慌ただしくなってきた。

安倍政権の掲げる「三本の矢」のうち、金融政策については、日銀総裁人事がこれからではあるが、既に方向性は示され、財政政策については、補正予算の衆院通過で一段落したと言えよう。そうなると、今後の政策論議の中心は、成長戦略と、財政出動の裏付けとも言える財政健全化へと移って行くと考えられる。
自民党では、「政調、内閣部会、総務部会、税制調査会・国民負担等に関する検討会およびIT戦略特命委員会合同勉強会」において、「マイナンバー関連法案」についての議論が今週行われている。報道によれば、自民党内では法案が了承され、政府が3月1日に閣議決定し、国会に提出される予定である。
民主党政権下で昨年国会に提出されたマイナンバー法案は、昨年11月に廃案となったが、新政権のもとで見直しがなされた上で、再度国会に提出されることになる。昨年、自公民により国会の外でなされた三党合意において、民主党の提出法案に対して、自公からの要求で修正がなされているようだ。その内容は明らかでないものの、大きな方向修正はなされなかった可能性が高い。今回の自民党内の検討において、その三党合意の内容から大きく修正することが難しかったとすれば、ほぼそのままの形で、国会に提出される可能性がある。一旦、提出されてしまえば、現政権が、衆院で3分の2以上の議席を持ち、支持率が高いことを考えると、国会での審議にあまり長い期間をかけることなく、法案成立の運びとなると考えられる。

しかし、安倍政権の打ち出している新しい方向性と同法案との整合性の検証をすることなく、前政権下でのものをそのまま引きずる形での成立は、国民の安倍政権への期待を裏切ることにならないであろうか。安倍政権は、前民主党政権から、大きく舵を切り、いわゆるアベノミクスと言われる政策を打ち出し、諮問会議には新しいメンバーを揃えた。現在の株高は、その果実ではなく、将来に対する期待によるものだと言える。
私は、新政権の政策そのものについて論評を加える立場にはないし、そのつもりもない。あくまでも、マイナンバー法案と、新政権の「三本の矢」のうちの「財政政策」と「成長戦略」との整合性を検証してみたい。

「財政政策」との整合性
・行政コスト削減の視点
「マイナンバー法の真実(第2回)」https://agora-web.jp/archives/1477735.htmlにおける「(1)制度目的とコストのバランス」で解説した通り、マイナンバー制度に盛り込む機能を詰め込みすぎているため、その構築・運営コストが肥大化することが目に見えている。本来、マイナンバーは、社会保障と税の一体改革の実現のためのツールであり、それに多大なコストをかけることは、その目的に逆行しているとすら言える。

・国土強靭化の視点
「マイナンバー法の誤解(第2回)~震災時の本人確認の為にマイナンバーが必要である?」https://agora-web.jp/archives/1491817.htmlで解説したとおり、「災害時の本人確認」の手段としてマイナンバーは有効とは言えない。マイナンバーを記載したカードを配布しても、忘れてしまうかもしれない番号や紛失してしまうかもしれないカードに依存した仕組みでは、着の身着のままで避難した人に対して役に立たない。形質情報から本人確認でき、行政や金融機関を結びつけられる仕組みこそ必要なのである。

「成長戦略」との整合性
・民間利用の視点
「マイナンバー法の誤解(第6回)~「住所」にまつわる誤解と混乱~」https://agora-web.jp/archives/1509827.htmlで解説した通り、マイナンバーが申請ベースの住民基本台帳を基本としている以上、金融機関が期待しているような、顧客の最新の居所(現実に生活の本拠を置く場所)の把握が、マイナンバー制度によって可能となるわけではない。

・民間投資の呼び水としての公共投資の視点
「マイナンバー法の真実(第2回)」https://agora-web.jp/archives/1477735.htmlでの「 (3)電子政府へのアクセス手段の問題」で解説した通り、オンライン上での当人確認の仕組みとしてのICカードは、情報機器の主流がパソコンからスマートフォンやタブレットに移りつつありある現在、使い勝手がいいとはとても言えない。仮に、ICカードの所持率が上がったとしても、利用率が低い限り、広く民間が活用することは期待できない。
これは、マイ・ポータルについても同様だ。日常的にアクセスしたくなるサービスやコンテンツがあって初めてポータルとたり得るはずだが、今のところ、マイ・ポータルには、有効なユースケースがほとんどなく、それに民間が相乗りしてくることは考えにくい。

このように、前政権下での法案と検討内容を引きずる限り、マイナンバー法案は、新政権の方向性とは、必ずしも整合しておらず、逆行していると思われる点すらある。是非、新政権においては、早期に、前法案から何をどう変えるのか、変えないのか、国民が議論できる形で明らかにして欲しい。その上で、マイナンバー法案にとっては実質的に初めてと言える、国会の場での論戦を、じっくり展開してほしい。

国民の新政権への期待が、「誤解」だった、で終わらないことを切に願うものである。