為替市場の関心は日本に --- 長谷川 公敏

アゴラ

所謂「アベノミクス」で世の中が明るくなってきた。2007年夏から続いていた急激な円高が和らぐと共に株価も急上昇しており、東証第一部の株式時価総額は3ヵ月余で70兆円ほども増加した。景気に及ぼす影響は、10兆円程度の今年度補正予算(審議中)よりも、株価上昇の影響のほうが遥かに大きいだろう。


「アベノミクス」とは、1. 強力な金融緩和の推進、2. 大型の景気対策(補正予算)、3. 経済成長戦略という「3本の矢」で、現状ではまだ何も実現していないが、政策に対する国民や投資家の期待が「円高是正」や「株高」に繋がっている。

■金融緩和期待の影響が大

金融緩和については、日銀が「消費者物価を前年比で+2%」にするなどの目標を掲げ、大胆な金融緩和を打ち出したが、具体策はこれからという状況だ。しかし他の二つの政策よりも、為替や株価には大きな影響を与えている。

景気対策については、まだ補正予算が成立していないだけではなく、予算が成立しても執行までの時間が限られていることから、株価への影響は限定的になっている。

成長戦略については、これまで歴代の政権が頑張ってきたものの成果が出ていないことから、今回もさほど期待が高まっているわけではない。

■G7声明で腰折れ?

こうして見ると、金融緩和期待による円高是正が「アベノミクス期待」を支えていることが分かるが、先のG7声明やG20声明の影響で、金融政策と為替の関係や為替水準への期待を表明することが、日本政府としては難しくなったようだ。したがって、今後更に円高是正が進むか否かについては意見が分かれるところだ。

■為替変動の要因は場当たり的

そもそも1975年ごろ、為替が固定相場制から変動相場制に移行した背景には、国際間の貿易収支や経常収支などのファンダメンタルズ格差を是正する狙いがあった。つまり、ファンダメンタルズの悪い国の通貨が安くなることで、当該国の輸出競争力が向上しファンダメンタルズを改善させるという狙いだった。

こうした中で、金融政策はファンダメンタルズに影響を与えるという意味で、為替レートに影響を及ぼし、「金融緩和」→「ファンダメンタルズ改善(期待)」→「通貨高」という動きになる場合が多かった。ちなみに「金融緩和」とは逆の「金融引き締め」のケースだが、日銀が量的金融緩和を止め利上げを断行していた2006年夏~2007年夏は円レートが下落しており、最近の「金融緩和」→「通貨安」とは異なる動きだった。

このように市場は、その時々のムードで同じ出来事でも異なる反応をすることかある。特に取引のほとんどが投機で占められている為替市場では、市場参加者が「相場は動けば良い」と考えるためこうした傾向が強い。

ただ理屈は兎も角、現在の為替市場では「金融緩和」→「通貨安」ということになっている以上、円高是正のためには強力な金融緩和は必要不可欠だ。現に政府の「通貨安のための金融緩和」が禁句になった途端に、円高是正の動きは止まってしまった。

■為替市場の関心は円

前述の通り、金融政策と為替レートの関係は必ずしも一様ではない。しかし為替市場参加者には、2年余りも続いたユーロ中心の相場に飽きていたところへ、親米や強力な金融緩和を標榜する日本の新政権は「新たな格好の円売り材料」と映ったに違いない。

したがって、円高是正が継続するか否かは全く不明だが、為替市場で円が中心になる状況はしばらく続くと考えてよいだろう。

長谷川 公敏
((株)第一生命経済研究所 代表取締役社長)


編集部より:この記事は「先見創意の会」2012年2月26日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。
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