アゴラの辻元氏の記事「教育 大学が有能な人材を輩出するには」は、非常に示唆に富んでおり興味深く拝見させていただきました。
僭越ながら、辻氏の記事を引用させていただきながら、辻氏が主張する「大学を主体的に考えることを学ぶ場」にするための具体的な取組みについて考えてみたいと思います。
実業界のニーズ と 大学が育てようとしている学生の一致
最近、大学はもっと実践的な教育をせよ、という声が実業界から上がり、中には大学は職業訓練をせよという声もあるようです。この原因は、大学が実業界の求めるような人材を輩出していない、ということでしょう。
大学が実業界の求めるような人材を輩出していないという点については同意しますが、実業界が職業訓練をせよといっている点については一部の方の声ではないかと思います。
日本経済団体連合会が2011年1月に取りまとめた「産業界の求める人材像と大学教育への期待に関するアンケート結果」は以下のような結果になっています。
■採用にあたって重視する資質・態度、知識・能力(上位3位)
主体性、コミュニケーション能力、実行力
※外国語能力、専門資格は下位
このアンケート結果から、実業界で求められている能力(主体性、コミュニケーション能力、実行力)は、辻氏の考える社会で生きていくうえで必要な能力、すなわち、大学が育てるべきであると考えている能力はほぼ一致していると考えられます。
それでは、どのような、能力が重視されるかというと、問題を発見したり、事象を分析したり、問題の解決方法を提案する能力といった、主体的に考える能力や、必要に応じて技術や知識を短時間で身に付ける学習能力が重要なように思われます。
従って、実業界、大学で学生に求める能力は一致しているが、現在の大学教育ではその能力を身に付けさせることができていないことに問題があると言えます。
端的に言うと、教育方法の改善が必要ということです。
大学の教育方法改善 -アクティブラーニング-
近年、教育改善の取組みとして注目されているのが、アクティブラーニングです。
京都大学高等教育研究開発推進センター溝上慎一氏は、アクティブラーニングは、「授業者からの一方向的な知識伝達型授業(学習者の受動的な学習)から、学習者の能動的な学習を取り込んだ授業への転換を目指す最広義の教育政策用語」と定義しています。
アクティブラーニングは学生の主体性を促進しながら実社会との関連の深い課題を探究することで、授業で獲得した知識を実社会でも活用可能な知恵に変換すると共に、次の学習意欲へと繋げる教育方法として注目されているのです。
平成24年8月28日に中央教育審議会により取りまとめられた、「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ~(答申)」でもアクティブラーニングの推進が提案されています。
また、早稲田大学は2012年11月に公表した、WASEDA VISION150 で、アクティブラーニングと表現はしていませんが、対話型、問題発見・解決型の授業比率を2032年度には学部75%、大学院80%にすると宣言しています。
このように、大学の新しい教育方法として注目されているアクティブラーニングですが、定義にもあるようにかなり広い意味で用いられています。
では具体的には、アクティブラーニング型の授業というのはどのようなものを言うのか見てきたいと思います。(2012、溝上慎一)
1.学生参加型授業
e.g.コメント・質問を書かせる/フィードバック、理解度を確認、クリッカー/レスポンス・アナライザー、授業最後/最初に小テスト/ミニレポートなど
2.各種の共同学習を取り入れた授業
e.g.協調学習/協同学習
3.各種の学習形態を取り入れた授業
e.g.課題解決学習/課題探求学習/問題解決学習/問題発見学習
4.PBLを取り入れた授業
e.g.Problem-Based Learning/Project-Based Learning
河合塾編著「アクティブラーニングで学生が成長するのか」では、1を「一般的なアクティブラーニング」、2-4を「高次のアクティブラーニング」、と呼び、講義を含めてこれらの3つの形態の授業が有機的に組み合わされることにより、効果的な教育が実現するとしています。
体験学習
アクティブラーニング型授業に共通しているのは、学生に「体験」を提供する「体験学習」であるということです。
高次のアクティブラーニングは、具体的課題に対して授業で獲得した知識を活用して解決をはかるまさに「体験」の場を提供する授業であり、一般的なアクティブラーニングである小テスト、ミニレポートについても、授業で獲得した知識の定着や確認をした内容をアウトプットするという意味において「体験」であるといえます。
4歳になる私の娘が利用するベネッセの学習教材DVDのキャッチフレーズは、
「たいけんを、めいっぱい」です。
「体験学習」は、大学の教育のみならず、日本の教育界でホットなキーワードになっています。
産学連携による体験学習
学生に体験の場を提供するために、大学と企業、NPO、行政、地域など様々な外部機関が協力を行っています。
ここでは大学と企業によるコラボレーションが生み出す、代表的な2つの体験学習について紹介したいと思います。
■立教大学経営学部BLP(ビジネス・リーダーシップ・プログラム)
2011年に、日本アクションラーニング協会から「2011エクセレントALプログラムアワード」を受賞、文部科学省教育GPでは、「特に優れており波及効果が見込まれる取組」として選定されたプログラムです。
概要について、立教大学経営学部HPより抜粋します。
<目的・目標>
グローバル社会で活躍できる人材の養成を目的に作られた、経営学部経営学科のコア・カリキュラムで、チームでのプロジェクト実行やスキル強化を通して、ビジネス・リーダーシップを体験的かつ段階的に身につけることを目的としている。
BLPを通して学ぶリーダーシップを自転車の前輪、BLPと並行して履修する専門選択科目を通して学ぶ専門知識を自転車の後輪として、最終的に「権限がなくても、ビジョンを示し周囲を巻き込むリーダーシップ」を身につけるのがBLPの目標である。<特徴>
1年春学期の「リーダーシップ入門」をスタートとして、3年生春学期のBL4まで、5学期2年半にわたって行われる。リーダーシップを学ぶために、プロジェクト実行とスキル強化を交互に実施することが特色。<プロジェクト内容>
プロジェクトは各学年の春学期に実行する。リーダーシップ入門(1年春学期)では、チームでビジネス課題の解決に取り組み、リーダーシップと専門知識の必要性を学び、BL2(2年春学期)、BL4(3年春学期)と学年があがるごとにプロジェクト内容は高度化し、学生たちが自ら企画を企業等に提案できることを目指している。
スキル強化は各学年の秋学期に実行され、こちらも学年があがるごとに高度化していく。BL1(1年後期)では「ディベート」で論理的思考を養い、BL3(2年秋学期)になると個人個人で強み弱みがはっきりするので、各自の必要性と希望に応じて選択制で,討議とグループワークでリーダーシップを理論付け(BL3-A)、コミュニケーションスキルを養い(BL3-B)、対話法と添削で批判的思考力を鍛える(BL3-C)といった内容になっている。
<目標>、<特徴>にもあるように体験学習であるプロジェクト科目と、スキル強化を目的とする専門科目をうまく連動させているところに、大学で実施するプログラムとしての大きな特徴があるといえます。
2012年度は、株式会社サイバーエージェント、日本ヒューレット・パッカード株式会社、株式会社マイナビと協力してプロジェクトを行っています。
BLPは経営学部の科目ですが、2013年度より、BLPを全学展開した立教GLP(立教Global Leadership Program)を開講予定ということで、今後の更なる発展が期待されます。
■Future Skills Project
社会で活躍する人材を育成するための大学教育を考える5大学・6企業で構成する産学協同の「Future Skills Project研究会」が大学1年次に正課で実施することを念頭においた、社会人力育成のための教育プログラムです。
概要について、産学協同就業力育成シンポジウム2012「『企業』『大学』が協同し学びに関わることで学生の主体性は引き出されたか」の資料より抜粋します。
<設立趣旨>
2010年7月、「社会で活躍する人材輩出のために産学協同で行うべきことは何か」をテーマに、青山学院大学、上智大学、東京理科大学、明治大学、立教大学の5つの大学と、アステラス製薬株式会社、サントリーホールディングス株式会社、株式会社資生堂、日本オラクル株式会社、野村證券株式会社、株式会社ベネッセコーポレーションの6つの企業にて、結成された。従来の個別企業と個別大学の協同とは異なる、複数企業・大学だからこそ実現しうる産学協同の学びの可能性を追求している。<特徴>
「主体性を引き出す」「実際の社会を知る」「社会で必要な力を知る」の三つの目的を定義し、企業が大学授業に直接的に関わる中で、この抽象的な概念をなるべく具体的にブレイクダウンし、学生が各種能力を身に付けることができるようになっている。<プロジェクト内容>
1年次の半期15コマの中で、二つの企業の提示する課題に取り組む、グループワーク形式の「課題解決型授業」になる。社会人力養成の講座を1年時に行う理由は、入学時の意欲の高いうちに主体性を引き出すことと、社会を知ることで学びへの目的意識を持ってもらうこと、大学在籍時に自分が付けるべきスキルを知ることにある。また、二つの企業の事例を扱うことで、業界や企業による価値観やビジネスモデルの違いを体験でき、学生の視野を広げることができる。さらに、企業で実際に働く社員が、実際に企業で発生した課題を提示することで、社会で働くことの魅力、厳しさを感じることができる。
アゴラに投稿した、「大学と企業の不毛な争いの終焉」でも、個々の大学のWIN-WINを越えた産学による教育連携が本格的に始まろうとしていることをお伝えしましたが、このプロジェクトはその代表的な例といえます。
特別な大学・教員の取組みに終わらせないために、今後は他大学への展開に向けた検討を進めていくとのことなので、こちらも今後の発展が期待されます。
まとめ
私は、現在の状況下では、大学教育の役割は、主にゼミのような少人数教育を通して、学生に理解が行き届いていないことを気付かせ、学生に主体的に考えるように促すことだと考えています。
辻氏も言うように理想論としては教員による決め細やかなフォローアップにより、学生一人一人の状況に応じた主体的学びを創出するべきだと考えますが、人材、施設、資金、それぞれの面において現実的には難しいのではないかと思います。
これまでカリキュラムの抜本的改革が声高に叫ばれ、各大学で様々な取組みが行われてきましたがうまくいったケースは非常に少ないです。
理想は大切にしながらも、現在のカリキュラムに体験学習をアドオンしていくことが現実的対応策として求められるのではないでしょうか。
たまたま、○●学部の×△ゼミに入ったから体験学習を受講できたということではなく、カリキュラムの中に大学の組織化された取組みとして体験学習が位置づけられ、希望する学生は体験学習を選択することができるという状態になることに大きな意味があると考えます。
私は一職員ではありますが、正課・正課外教育の両方の側面から体験学習の組織的導入に関わっていきたいと考えています。