EV(電気自動車)に関しては、岡本氏の「EVが普及しないこれだけの理由」や大西氏の「いくら夢や理想を語っても、充電スタンドをつくっても電気自動車は普及しない」をはじめ、さまざまなメディアで航続距離の短さや充電施設の不足、インフラ整備の必要性などについて問題視されている。すでに述べられているこれらの問題点を踏まえた上で、さらに身近な問題点として、家庭でのEV充電に注目して本問題を掘り下げてみたいと思う。
昨年11月に発売された新型の日産リーフは、バッテリーが24kWh、エアコンなしのJC08モードで走行すると228Kmの走行が可能とうたっているが、実際に乗っている人に聞いてみると、160km程度の距離しか走れないとか、エアコンをつけるともっと走行距離が短くなった、という人もいた。
「航続距離を伸ばす為にはどうしたらいいのか」という問に対しては「バッテリーを沢山積めばいい」と考えるのは単純な解決案といえるが、実際にはリチウム電池の性能の向上をはじめ、車体重量の軽量化など、解決すべき点はたくさんあるはず。はたして大容量バッテリーの開発がEVの未来に求められる条件となるのだろうか。
充電時間の基本計算
日産リーフは家庭での充電は200Vで行うことを推奨している。充電時間に関しては充電開始時点のバッテリー残量にもよるが、バッテリー残量警告灯が点灯した時点から満充電までの目安 で8時間としている。ここで注目したいのが、日産をはじめ他のメーカーもおおむね8時間でフル充電が出来るとうたっている。このことについてちょっと考えてみたい。
これはあまり意識されていないことなのだが、通常の家屋における家庭用コンセント1つあたりの電流の最大値というのがある。多くの場合15Aなのだが、これはコンセントそのものの性能というより、壁に施設されている電気ケーブルの太さによるものが大きい。実際、一般的に手に入れられる電気製品の多くは、15A(または100Vで1500w)以内のものがほとんど。この電流以上の電気をケーブルに流すと加熱し、場合によっては発火する恐れもある。
つまり、通常の電気製品と同様、家庭でのEVの充電には15Aの壁というのがあるのだ。(もちろん高負荷電力に対応した充電設備を構築すれば別であるが)
この15Aをフルに使ってEVを、メーカーのいう8時間、200Vでで充電してみると以下の式が成り立つ。
するとどうだろう、答えの「24」は、リーフのバッテリー容量「24kWh」と一致するのである。つまり、リーフをはじめ国内の電気自動車の多くは、200V、15Aで8時間で満充電されるように考慮され、設計されているのだ。
リーフは、200Vでなくても100Vでも充電できるのだが、メーカーによれば、
100Vでも充電は可能ですが充電時間が長くかかりますので、200Vの充電環境をおすすめいたします。
とのこと。24kWhのバッテリーを100V、15Aで充電しようと思ったら、単純計算で16時間かかることになるのだ。100Vでも2倍の30Aで充電できれば、200Vの時と同じ時間で充電できるのかもしれないが、その分太い電気コードなど特別な設備が必要になったり、前述のとおり15Aの壁は崩せないだろう。
つまり、バッテリーを2倍積めば、航続距離は2倍になるが、その分充電時間も倍々・・・と増えて行くということだ。仮にEVの航続距離が2倍になって、東京からノンストップで関西に行くことができるようになったとしても、現地で16時間も充電しなければ、東京に帰ってくることはできない(もちろん急速充電器があれば、もっと短くてすむ)。
深夜電力とEVの充電
EVメーカーが、フル充電の目安として8時間にこだわっている理由はほかにもある。深夜電力だ。例えば東京電力の場合、「おトクなナイト8 」という深夜電力の割安な料金メニューがあり、摘要時間は夜の11時から朝の7時までの8時間(ほかにも夜10時からのプランもある)。この安価な電気料金によってEVの燃費、つまり「電費」をさらに高めることができる。しかし、この深夜電力を使って、みんなが一斉にEVを充電するとどういうことが起こるのか。
以下は、東京電力管内の夏期における時間ごとの電力消費量(需要カーブ)。
14時近辺のピーク電力ばかりが取り上げられるが、紫色の「家庭」の部分だけに注目すると、夜、22時あたりにピークがきていることがわかる。確かに考えてみれば、人はテレビをつけながら夕飯を食べ、風呂はいってドライヤーを使い、熱帯夜ならエアコンをつけて就寝する。寝る直前が一番電気を使っているのだ。これにみんながEVを所有したらどうなるだろう。今はまだ、EVの普及台数は少ないので問題にもならないが、今後何百万台と普及した場合、全国のEVが夜11時から一斉に充電が開始される状態になるのだ。日産のゴーン社長は、「2016年までに累計150万台のEV販売を目標」と掲げているが 、仮に150万台のEVが一斉に家庭で充電をするとなると
となり、100万キロワット級発電所の4.5基分となる計算。150万台すべてが東京電力管内で充電されるというわけではないのだが、このままの深夜電力の料金体系でEVが普及し続けることになると、本グラフにおける昼14時(約6000万kW)に、夜22時以降の数値がどんどん近づいていくことになるのではないか。つまり、深夜にも第2のピークが発生することになりかねない。
最近ではEV充電ポート付きの駐車場を完備しているマンションも増えてきたが、現在計画中の都市近郊マンションでは、EV対応の駐車スペースを何十台も完備した物件が次々に登場するとのこと。何十台ものEVが一斉に充電されれば、ちょっとした工場1個分の電力量となる。電気をたくさん使う工場が、東京のあちこちで深夜一斉に操業をはじめるようなものなのだ。
もちろん、上記は計算上のことだし、急速充電可能な充電スポットが普及すれば、充電の集中は避けられ、充電時間も短くて済むだろう。しかし、エネルギー保存の法則から考えれば、どの充電方式であっても「使用される電力の総量」に変わりはないはずだ。
まっとうなエネルギー政策をふまえた、現実的、かつ具体的なシナリオが、EVの普及に必要なのだ。
(渡辺 秋男/クレセントエルデザイン代表)